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【お題SS「炊飯器」】 私はちょっと疲れているらしい

この状況をどう説明すればいいのだろうか。

 

本日も華も何もあったもんじゃない地味な事務仕事を終え、むくんだ足をずりずりと引きずりながら帰ってきたというのに、なんということだろうか。

近くのコンビニでアルコール度数の低いお酒とちょっとしたつまみ、スルメを買っていた。

とりあえずお酒が飲みたかったのだ。歴史に葬られた無名の無声映画の様に色彩の欠く職場を出て、ムッとした風を浴びた時、そう思ったのだ。飲みたかったのだ、といっても毎日のことなんだけど。タバコは吸わないけど、酒は飲む。酒は飲むけど、その行為に何か意味があるようにも思えない。思えないけど、飲まずにはいられない。飲んでどうにかなるわけじゃないのに。

でも、それらが入った袋をそのまま落としてしまった。玄関でだ。中の缶がベコンと音を立てたのがわかる。

目の前に現れたこの怪現象に私はひたすら声を上げようかと思ったけれども、人間こういうときは思いの外叫び声というものは出ないみたいである。それは恐怖と言うよりも、恐怖のそれが目の前の不可思議さを上まってしまって、つまり、自分の脳の回路が焼き付いてしまって、どうしたらいいのかわからないという状況のようだ。こういうときは力なく笑うしかない。

 

「ははは……」

「貴様、何がおかしい」

 

”そいつ”は私に問いかけてきた。

 

「何がって」

 

ダメだ、ツボに入った。

何がおかしい、とか真面目くさった声で聞き返してきやがった。

 

「第一、何なのよ、その格好」

 

そいつは全身真っ白のタイツ姿で、売れない芸人かまたは健康番組などでよく現れるスタッフ扮する体の内部の”細胞A”といった感じ。とにかく全身白タイツだった。さらに言えば男性だった。それがわかった理由は聞かないでもらいたい。声は思いの外深みのある声で渋い。

で、顔を確認しようとするとこれまた傑作で、顔を覆うように漢字の「米」が立体となってくっついているのだ。発泡スチロールで型どったようにも思える。

米だ、米。よりにもよって、「米」だ。こいつ、変態以外のナニモノでもない。

 

「聖なる衣だ。精米してあるとでも言おうか」

 

そいつは私の質問にまた真剣に答えると、腰に手を当ててこちらを見た。米という漢字の上にある点ふたつと横棒の隙間から覗く目がこちらをみている。

 

「さて、私に残された時間は少ない。本題に入らせてもらう。貴様は……なぜ白米を食べない」

「は?」

「なぜ、米を食べないと聞いているのだ」

「なぜって」

 

そう言えば最近ごはん、白米を食べていない。炊飯器はあるものの、それが稼働しているのが我が事ながら遠い昔のように思えてしまう。電源タップは節約出来るようにスイッチ式で、炊飯器のコンセントが繋がれた先はもちろんオフになっていた。言われてみれば釜の形状も忘れてしまいそうだ。釜の底がハゲることもない。実家の炊飯器の釜はあんなにボロボロだったのに。

 

「貴様!」

「は?」

「なぜ、ごはんを食べないのだ!」

 

いい加減このとんでもない存在が、恐怖と興味と不可思議さを通り越して、”ウザく”なってきた。そしてこの格好。いくらなんでも、こいつが次に私がする質問に対してなんて答えるかわかってきた。何もかもが安い。発想が安い。安っちい。全部、何もかも。

 

「あんた、何なのよ……」

「私か?」

 

そいつは待っていましたと言わんばかりに咳払いひとつ。

 

「人類の食と、農家の生活、炊きたてのあの至福の時間を守る……正義の戦隊……」

 

 

 

「スイハンジャー!!!」

「うっさいわ!!!」

 

おつまみに買ったスルメの袋を鷲づかみにしてスイハンジャーに投げつける。左方に回転の加わる強烈なスルメスライダーは、スイハンジャーの顔面をとらえると、バチンと音を立てて床に落ちた。

 

小さな部屋のそれほど広くはないフローリングにスルメが落下する。足元には、落下の衝撃でかすかに膨張した酒缶が落ちている。

 

 

 

静寂。

 

 

 

日常。

誰もいない部屋。

 

 

転がるスルメと酒缶。

小さなシンクは、生活感がなく、使っていないからこそ汚れない。

スルメ、酒缶。

溜まるプラスチック容器。

料理、久しい。

私の生活感は減衰していく。

 

ああ、うん。

 

やっぱごはん食べよ。

パンプスを脱ぎ捨てると、戸棚を開けて米びつを取り出した。

ひとりじゃ絶対食べきれないと思ってそのままにしていた。

やわらかな、お米の匂い。

ああ、ダメだ。私、疲れてるんだ。

うん。うん。……うん。

疲れているだけなんだ。

 

〜・〜・〜

 

※お題SS「炊飯器」

Twitter上でのちょっとした遊戯