創作ファンタジーで100を1にする実験

f:id:yukimid:20130501135814p:plain文章を書くことが100を1にする作業だとしたら

 「〜剣と魔法の世界の創り方」(http://colorfullife.hatenablog.com/entry/2013/05/01/162300)と「創作に必要な参考資料と〜」(http://colorfullife.hatenablog.com/entry/2013/05/06/000101)という記事を先日書きましたが、じゃあ実際やってみるとどうなのと考えたのが昨日のこと。実際に書いてみて、どういう変化が生まれているのかなと実験してみようじゃないかというわけです。

 また最近になって「文章を書くこと」について方々でエントリーが上がっていることも踏まえて、「創作」さらには「ファンタジー作品を書く」となったときに、この巷で発言が繰り返されている「文章を書くこと」にどのようなアプローチが出来るのかなと気になったとも言えます。

 これは単なる実験です。創作に実験などというものは無い、などと思ってはいけません。実験という言葉と無縁な世界のように思えてもです。でもまあ……個人的に気になることをブログに書いているわけですから、実験の結果が他所様にどのような影響を及ぼすかまでは考えていません。とにかく「私、気になります!」の精神でいきます。とりあえず、お時間あればお付き合いくださいまし。

 

※ちなみに以下の様な結論に至っています。

①世界設定を構築する際にはとにかく情報を集める(インプット)

②集めた情報を基に第三者的な視点で世界を造る(インプット&アウトプット)

③ある程度造ったらその世界で物語を書く(アウトプット)

⇒「全く評価されないにしても今回のような①と②をしっかりと行うことが③で表現されることの底上げをし、それが完成できたとして世に出たら、読み手の評価にプラスになるかもしれない」 

 

 

f:id:yukimid:20130501135814p:plain書く以外に方法が無いので書いてみる

 それで気になっていたのは以下「〜剣と魔法の世界の創り方」で書いた以下の3点

 

(1)ファンタジーを創作するときにストーリーラインに乗ってこない大量の情報が、ストーリーラインそのものを安定させている。

(2)物語内部での”史実”とストーリーが進む”現在”に固定化された世界設定が、ストーリーラインの安定を生み出すための土台となっている。

(3)世界設定に登場する情報は遍く関連しあっている。

 

 これをやってみようというわけです。インプットとアウトプットの関係の話ですが、これらに対して実際に「物語を書く」とこまでやってみて考えてみようかなと思うわけですね。

 何をするかというと、あるテーマに沿った参考資料を用意し、そこから得た情報をベースにして創作をします。「こういった情報を元にするとこんな感じのファンタジーな世界になるだろうなあ」と夢想するわけです。で、それを物語にしてみる。

 ここではあくまで資料からの情報をベースとしているので、いきなり魔法がバーンとかはありません(魔法がバーンってなる参考資料を読んでいたら別ですが)。そうすると、出来上がるのは限りなく現実の世界に似ている世界設定の話なのかなと。さらに言えば、キャラクターも登場しません。

 それで次に、出来上がったその話をベースにしてより”ファンタジーな要素”を付け加えていきます。これは新しく書きなおすのではなく、書いたものに混ぜ込む形を取ります。狙いとしては資料などの情報をベースに作った世界設定の話に、”ファンタジーな要素”を混ぜ込んでいくと、「何がどうなるのか」を考えるためです。

 ということでまず、拙さについては置いておいて、今回のテーマは”大市”とし参考資料から得た情報をベースに創作した架空の世界のお話がこれです。

 

 

f:id:yukimid:20130501135812p:plainとある大市のこと

 その街に吹く風は露天の敷布の縁をふわりと巻き上げて、街路を駆け抜けていった。

 街に溢れるであろう情熱と歓喜の前兆かのように嬉々として街中を駆け巡る。露天の準備をする無数の商人たちは、この季節の到来を肌で感じる。真夏の風薫るこの街に、喜びの歌声が響く。

 年に4回、各国の商業都市を東方から西方に向かって巡るように開催される大市。その中でも最大規模を誇るのがこの街の大市だ。世界でも屈指の貿易港を有するこの街で開催される大市は、4つの都市を巡回する大市でも真夏に開催される。

 温暖な気候、陸路の便の良さ(前回の春の大市が開催される都市からも距離が近い)、都市の規模、さらには各国から入港する船舶を受け入れるだけの規模を持つ港があるだけに、この街の大市はその規模を年々拡大していった。各国の商売人は潤沢に商品が出揃う大市に否が応でも集合することになっていた。

 大市には各国から様々な商品を扱う商人が足を運び、露天を開く。もちろん元々この街を拠点としている商人も、大路に立派な店を構えている豪商にとっても、客が大挙して押し寄せるのだから、力が入らないわけがなかった。

 この街の大市で扱われる商品は様々だ。ある詩人は大市の開催期間中、目まぐるしく行き交う人並みに飲まれた経験と、途切れることがなかった商品の列をこう表現している「世界のすべてがここにある」。

 並ぶ商品の中でもまず毛織物が取引の筆頭であった。専売する商人とその他の商品を扱う商人の衝突を防ぐために、毛織物だけはこの大市において専売期間が設けられていた。つまり、他のどの商品よりも先に売買が成されるのだ。販売準備がすべて完了後、まず毛織物が取引が開始される。

 そうして毛織物の取引開始後一定期間経つと今度は毛織物以外の商品の取引が始まる。食料品で言えば砂糖、塩、穀物に葡萄酒……。

 並んでいる商品を読み上げながら街を歩くとしよう。例えばその角を右に曲がると今度は肉にチーズが売られているはずだ。うるしに、染料も並んでいる。街を進んでいくと食料品に限らず皮革や金属、手工芸製品、宝石に刀剣なども売買されているのがわかる。

 そう、この街の大市はこの世の豊かさ、そのすべてが存在していた。

 

 

 ハイ。これだけ読んでみると「ああ、ファンタジーのような気がしないでもないけど、なんというか現実にありそうだよね」と、私は思いました。創作の過程でいじっているところも多々ありますが、大市が行われているのも史実としてありあますし、中世ヨーロッパで取引されていた具体的な食料品や毛織物についても、史実と大きくはズレていません。先日の記事の話からの続きと考えると、参考にした資料から得た情報を物語に落としていくということはこういうことになっていくのでしょう。さらに言えばこれで参考文献を巻末に明記などすればよいのでしょう(ファンタジー小説で参考文献の明記をしているのはあまり見かけないような気もしますが……)。

 「現実にありそうだよね」と思うのはリアリティの萌芽なのかもしれません(まだ読者というものがいない段階ですが)。ただこれだけではファンタジーとして弱いような気がします。というのも、あまりにも史実に寄り過ぎていて、”ファンタジー”と聞いた時に想像するようなもの(万人が「ああ、そういうのはファンタジーだよね」と思うような設定)がこの記述ではありません。

 ということで今度はこれをベースにして、紋切り型ではありますが、”よりファンタジー的な要素”を加えてみました。

 

 

f:id:yukimid:20130501135812p:plainとある大市のこと(追記)

 その街に吹く風は露天の敷布の縁をふわりと巻き上げて、街路を駆け抜けていった。

 街に溢れるであろう情熱と歓喜の前兆かのように嬉々として街中を駆け巡る。露天の準備をする無数の商人たちは、この季節の到来を肌で感じる。真夏の風薫るこの街に、喜びの歌声が響く。

 年に4回、各国の商業都市を東方から西方に向かって巡るように開催される大市。その中でも最大規模を誇るのがこの街の大市だ。

 各国で行われる大市と比べ、この街の大市には特異な点がある。それが”魔石”だ。

 この街は、この世界の魔石の流通の始まりを握っていた。東方の鉱山に世界最大級の魔石採掘場があり、その拠点となるこの街は魔石の採掘のみならず加工及び流通の一大基地となっていた。世の中に流通する魔石のほとんどがこの街を起点にしている。

 さらにこの街は屈指の貿易港を有することから流通の中心地ともなり、この街が周辺一帯の経済の底上げを行なっているといっても過言ではない。

 魔石というものは実に重宝されており、人間が生活する上で水や食物と並んで重要なものであった。如何せんこの魔石がなければ人間は魔力を持つことが出来ない。魔力がなければ火をおこすにも薪から、衣服を乾かすにも一日中風に晒さなければならなくなる。動力だって下手をすれば水車に逆戻りともなる。また、この世の中の魔導師なんて職業の人間がそれを生業にすることは到底叶わなくなる。魔石の採掘と魔力の発見、そして魔術の発明がもたらした産業革命は、この世界の人間の生活をものの数年でひっくり返してしまっていた。

 近年の魔石の採掘技術の向上、魔術の研究と一般への普及は目覚ましいものがあったが、採掘され、加工品として世に出回る魔石との需要と供給がようやく安定してきたところであった。言うまでもなくその発展の一翼を担ったのがこの街であり、この街の魔石鉱夫であり、魔石加工職人であり、魔石商人であった。だからこそこの街の大市では魔石が今もなお、価値の高い”王様”であり、魔石取引がこの大市の目玉であることに違いはなかった。

 温暖な気候、陸路の便の良さ(前回の春の大市が開催される都市からも距離が近い)、都市の規模、さらには各国から入港する船舶を受け入れるだけの規模を持つ港だけに、この街の大市はその規模を年々拡大していった。各国の商売人は潤沢に商品が出揃うこの街の大市に否が応でも集合することになっていた。

 大市には各国から様々な商品を扱う商人が足を運び、露天を開く。もちろん元々この街を拠点としている商人も、大路に立派な店を構えている豪商にとっても、遠方よりはるばる上質な客が大挙して押し寄せるのだから、力が入らないわけがなかった。

 この街の大市で扱われる商品は様々だ。ある詩人はこの大市の開催期間中、目まぐるしく行き交う人並みに飲まれた経験と、そんな中でも途切れることがなかった商品の列をこう表現している「世界のすべてがここにある」。

 並ぶ商品の中でもやはり魔石がその筆頭であった。魔石を専売する商人とその他の商品を扱う商人の衝突を防ぐために、魔石だけはこの大市において専売期間が設けられていた。つまり、他のどの商品よりも先に売買が開始されるのだ。

 準備がすべて完了した大市ではまず魔石が取引される。巡邏する騎士が街中を鐘を鳴らしながら闊歩する。取引の開始であり、大市の始まりの合図だ。商人たちは一斉に声を上げる。あちらこちらで喧騒が巻き起こり、露天に並べられた大小様々な魔石を手に取り品定めが始まる。

 魔石といっても原石そのままが取引される場合もあれば、研磨され宝石のような輝きを見せるものも数多く取引される。またこの街の職人街(魔石加工職人、特に魔石に装飾を施す装飾職人が数多くいる)の職人たちが、他の工房に負けじと数多くの作品を商人に卸している。それは貴族が嗜好品として手にするものや、魔術師たちが外の世界で”邪悪なるモノ”と戦闘を行う際に身につける品物まで様々だ。

 ただ、この一般に流通する魔石が持つ魔力の純度はある基準以下のものが出回るようになっている。というのも魔力の純度が高いものは発掘の段階から王国に抑えられており、それが市場に出回ることは滅多にない。そうした高純度の魔力を持つ魔石は厳重に管理された後、どうなるかというとそれらは王国直属の王立魔術研究所であったり、王立魔導騎士団に渡ることになる。前者で言えばより強力な魔術の発明に使われるわけで、後者でいえば魔導騎士の面々が一般の魔術師よりも魔力において圧倒的に上回る現状をよく表している。

 とはいえこの大市が商人が大挙して押し寄せる環境であるがゆえに、”何が起こるかわからない”ということも言える。王立魔導騎士団の監視の目を盗んで魔石が出回るのだ。五万と商人が集まれば、そこに存在するのはすべて王国やこの街が定める健全な取引だけかというとそうではない。この大市の開催期間中もどこかで闇取引が行われ、違法に採掘された高純度の魔石が取引されているという話だ。

 そんな明暗様々活発な魔石の取引開始後、一定期間経つと今度は魔石以外の商品の取引も始まる。食料品で言えば砂糖、塩、穀物に葡萄酒……。

 並んでいる商品を読み上げながら街を歩くとしよう。例えばその角を右に曲がると今度は肉にチーズが売られているはずだ。うるしに、染料も並んでいる。街を進んでいくと食料品に限らず毛織物、皮革や金属、手工芸製品、宝石に刀剣なども売買されているのがわかる。

 そう、この街の大市はこの世の豊かさ、そのすべてが存在しているのだ。

 

 

 で、こうなると。ベースの文章から言い回しなどを変えた部分もありますが、ボリュームは2.5倍ぐらいに膨れ上がってます。始めに付け加えたのは”魔石”というアイテムだけで、それ以外はベースとした文章に加えることが出来る情報ってなんだろうなと考えた結果書き加えたものとなります。ファンタジー的な要素を付け加えるわけですから、ある程度の説明を行なって「それっぽく思わせる」ことが必要になります。楽しいですね、実に。

 ただ実際、魔石も「大市で取引されるだろうなあ」程度の始め方をして加えた設定ですが、こうして見返してみると「”すでにある世界”にアイテムを投下すると、なんだかんだんで話が拡がる」んだなあと思いました。こういうの、楽しいじゃないですか。

 

          f:id:yukimid:20130501135811p:plain

 

f:id:yukimid:20130501135814p:plainやはりインプットがアウトプットを支えている

 描写力・表現力の話は脇に置いておきましょう。まず、手法としてこういった書き方が自分には合っているのだと思いました。作品としては「とある大市のこと(追記)」を世に出したいなあと思うわけです。ただいきなり頭からこれを書き始めるというのは、途中で「うーん……」と唸ってしまいそうです。しかし「とある大市のこと」を書いたように世界設定の土台を予め創っておく(今回のような物語という形である必要はなく)と、そこに非現実的なファンタジー要素を付け加えるのも難なくいけそうだという実感を得たわけであります。

 ある架空の世界を創ってそこで物語を展開するような場合、以下の様な手順を踏むと「安心して発想を妄想を拡げることが出来るなあ」と考えたました。

 

①世界設定を構築する際にはとにかく情報を集める(インプット)

⇒参考資料の読み込み→アイデア出し

②集めた情報を基に第三者的な視点で世界を造る(インプット&アウトプット)

⇒「とある大市のこと」

③ある程度造ったらその世界で物語を書く(アウトプット)

⇒ アイデア出し→「とある大市のこと(追記)」

 

 ①と②については物語を書くというよりも、世界と史実と事実を造る(=物語)という感じで、原稿を書き進めている実感はあまりありませんでした。この実感の無さが、締め切り間近になってくると焦りに変わって襲い掛かってくるのでしょう。③について、今回では”よりファンタジー的な要素” を書き加えている時の方が、より原稿を進めているという実感がありました。そして土台があるがゆえに「物語内で書けること書けないここと」が明確になっていました。

 ただこれは上記の手順に慣れれば慣れるほど明確になっていくことかと思うのですが、「架空の世界を造ること」と「締め切りに間に合うように原稿を書き進めること」は、根は同じだけれど別にして考えるべきことで、後者に脳内リソースをあまりに消費してしまうと、結果として出来上がるものに前者が足りず”薄っぺらい”ものが出来上がってしまうのではないかと。

 また、こちらの記事に書かれているようなこと、

 

文章を「書ける人」と「書けない人」のちがい - デマこいてんじゃねえ!

 特に”キーボードを叩いてないときの文章屋” がしているときのことは①と②に該当し、世に生み落とされる作品を創っているのは③をしているときとも言えます。

 この記事で言われている「書ける人」と「書けない人」が「何を書く人と何を書けない人」なのかというところをハッキリ定義していないので、この記事では「ファンタジー作品を書く人」と「書けない人」とします。それを踏まえて今回創作をしてみましたが、創作という行為(ファンタジー作品を書くという創作行為)をするときにあたっては、「全く評価されないにしても今回のような①と②をしっかりと行うことが③で表現されることの底上げをし、それが完成できたとして世に出たら、読み手の評価にプラスになるかもしれない」ということがわかりました。

 当たり前への帰結過ぎて、ここまで読んでくださった方には申し訳ないのですが、当たり前のことを「ああ、”本当に”当たり前だな」と実感するための実験だったわけでもあります。今回物語の創作と限って話を進めてきましたが、こういう実験を繰り返していくからこそ「インプットしましょう」という話が出来て、「アウトプットしましょう、評価されるのはアウトプットしたものです」という話も出来るのだ改めて実感することの出来たいい機会だったと、我が事ながら思うわけであります。

 

 

f:id:yukimid:20130501135814p:plain参考資料

中世ヨーロッパの都市の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの都市の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの農村の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの農村の生活 (講談社学術文庫)

大聖堂・製鉄・水車―中世ヨーロッパのテクノロジー (講談社学術文庫)

大聖堂・製鉄・水車―中世ヨーロッパのテクノロジー (講談社学術文庫)

金と香辛料―中世における実業家の誕生

金と香辛料―中世における実業家の誕生

中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描 (ちくま学芸文庫)

中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描 (ちくま学芸文庫)

中世の星の下で (ちくま学芸文庫)

中世の星の下で (ちくま学芸文庫)

中世の人間―ヨーロッパ人の精神構造と創造力 (叢書・ウニベルシタス)

中世の人間―ヨーロッパ人の精神構造と創造力 (叢書・ウニベルシタス)