いかにファンタジーを創るかという私の創作の基点が”街”である理由

 

創作というものを考えた時に、それに対していかなる心構えを持つか(書け書けとにかく書いて完成させろ)というところはとても大切です。しかし書くということに対して、いかに書くか(どう書き続けるか)に興味が行く昨今、”物語を紡ぐ”という大義名分をどのように果たしていくのか自分の行動を見直したくなる次第です。自分に必要なのは具体的な方法論の蓄積(メソッドとパターンの蓄積)だと思うのです。

 

とはいえ、インターネットの登場以来脈々とネットの海に体積し続け、いまでは島が出来上がるほどになっている”創作論”ですが、インターネット検索の結果トップに表示されるのは相も変わらず普遍的な方法論で、その普遍的な方法論をいざ自分が書きたいものに”真摯に”当てはめていこうとすると、その方法論で書ききれた試しがないというのもまた事実です。あと、「あれ……高校時代に見たことあるぞこのサイト」みたいなのもよくある話です。

 

さて、ここに展開される各々の創作論ですが、これというのはネットの海に浮かべてこそ意味があります。というのは先に書いた検索に対する豊潤な情報の蓄積という、使命じみた(勝手にそう思ってるだけ)ことに対してなのですが。

当方、創作というものを考えた時に真っ先に頭に浮かぶのが中世ヨーロッパをモチーフにしたファンタジーであります。ここで近未来SFや私小説的日常のあれこれが思い浮かぶひともいることでしょう。これはもう人の好みかつ、過去の読書体験(の他に漫画でもアニメでも)に依るところなのでそれはそれでよしであります。この差異は素晴らしい。

 

それで創作→中世ヨーロッパなファンタジー(○○戦記というのもありでしょうし、モチーフですから魔法を登場させてもいいでしょう)だとすると、それを創るときにどのような思考でその世界を構築していくのかという話になります。

これも様々わかれるところで、創作の”初っ端”になにをするかなのですが、私の場合は”街”を創ります。これも登場人物は?ストーリーは?と思う方もいるかと思いますが、私の場合は街です。これの延長線上には世界観の構築というところがありますが、その基点として街を創ります。

 

街、街と言いましたがではなぜ街から作り始めるのかというと、「街こそネタの宝庫」だからです。まずファンタジーの世界に欠かせない(というより、ファンタジーと思い浮かべて多くの人が想像する”モノ”)を多く含んでいる空間だからです。突飛な設定、例えば街がひとつもない、人もいない虚無空間で繰り広げられるバトルファンタジーみたいなものは発展型なのでここでは言及しませんが、とにかく前述したように「中世ヨーロッパをモチーフにした」作品の場合の「街」です。

ネタの話に戻しますと、往々にして街という規模の領域が世界に出現するには理由が必要になります。「なぜこの街はこの規模なのか」「なぜ宮殿があるのか」「なぜ城壁に囲まれているのか」「なぜ商業が発展しているのか」「なぜ人々は飲み食いに困らないのか」……と、この空間に対してなぜを問いかけると、そこには答えざるを得ない状況が待っています。というのも、これを無視すると、人智を超えた壮大な矛盾を生み出しかねないからなのです。例えば「街と海が遠くはなれているのに半日で往復してることになってる」とか。この場合は交通、交易によって生み出された移動手段のツメが甘いということになります(”魔法”でびゅーんと移動できる、というのもありですが、魔法でびゅーんと移動できるようになった結果どうなったというところに罠が待っています)。

 

まず街を創るというのは、ネタの宝庫だからと書きました。そこに暮らす人(ヒト以外でも)の生活様式・文化をある程度、創りあげておくことで、そこに登場する人物の行動というものがある程度決まってくるからです。

ここにネタの宝庫の真意があります。

創作において恐るべきことのひとつとして、「登場人物が会話しているのはわかるけど、どういう状況で会話しているのか、その風景が存在しなく真っ白のように思えてしまう」という、登場人物が動くフィールドの不整合が起こることです。この不整合(不都合ともいえますが)に対して、どこまで詰めるかというのは作品のどこに重きをおくかによって千差万別ですが、ひとつ言えることは中世ヨーロッパなどをモチーフにした作品には、絶対的に抗えない不文律があるからなのです。つまりそれが中世ヨーロッパというイメージを想起させるような物語だった場合、それはコインのように「物語の空想と歴史の現実」が裏表なのです。

それは上位の設定として魔法や魔術を登場させても同じです。根底には街があり人がいて行動がありそして出来事があるのですから。その生活様式等々に考えを巡らせないでおくのは、広大な空白で繰り広げられる冒険になりかねないのです。

 

やんややんやと書いて来ましたが、街を創り上げるという創作の基点は数多ある方法論のひとつですし、これを使うかどうかは個々の手法に合致するかどうかに寄ります。とはいえ、街という空間に目を向けると「ネタがごろごろ転がってる」というのは事実ですから、考えに入れておく価値は存分にあると思います。ネタが尽きそうになったとき、例えば街に駐在する騎士団なんてものがあったときに簡単に問うてみるのです。

「その騎士団、街の何を守ってるの?」