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【SHF】そのねぼすけな才能を目覚めさせないと

 

いつも何考えているのかわからない人物が、突然渋い顔して”考え込む”と何だかんだで心配になったりするのが助手たるもの。ただ、助手という身分でありながら自身の身を守る(つまり気まぐれに振り回されないようにする)ことが第一優先事項になりつつあるのは、まさに今のことである。

 

「……どうしたんですか?」

 

ルリ=ハーレンはその童顔を精一杯にしかめ、眼の前に広げられた書類の文字を目で追っていた。椅子に腰掛け、机の上に置いた両の手は若干ながら震えているようにも見える。

 

「助手君はこれ、どう思う?」

 

ルリが手渡してきた活版刷された一枚紙には、ルリが顔をしかめる理由が”だらだら”と書き連なっていた。よく見ると王立魔術研究所”所長”以下連名での声明だった。賢人、権威、大層な名前をつけようと思えばなんでも付けられる錚々たる面子で、なんとも末恐ろしい話だ。

 

「どう思うも、なかなか厳しい話ですよね」

 

彼がそう言うと、ルリは両の手でバタリと机を叩きながら立ち上がった。

 

「そうなのです!!! たいへん厳しい話なのです!!!」

 

そう。滅多に声を荒げない人物が突然声を荒げるほどの事態なのである。

王立魔術研究所所長以下連名で発表された声明には次のようなことが書かれていた。それは王立魔術研究所に所属する全ての研究者にとって重大な意味を持つ発表であった。

 

『王立魔術研究所ならびに王立魔術研究所図書館は、来る春の刻より行われる所内研究及びその成果の集約と活用のための主要達成事項の実現に向けた行動計画において、所内及び所外の王立魔術研究所所属の研究者ならびに関係者に以下に記載する事項を尊守することを要請する』

 

通達事項は複数あり、どれも同じようにだらだらと続くのだが、なかでもルリの目に止まったのはその文章の中で埋没してしまいそうな次の一文だった。

 

『王立魔術研究所図書館所属の”魔導司書”の解散』

 

彼はルリから手渡された紙を返すと、ふくれっ面のルリをなだめるように言った。

 

「確かに、ルリさんにしてみればこの『魔導司書の解散』というのは死活問題ですね」

「そうなのです! 死活問題なのです! とても悲しい出来事なのです!」

 

ルリはすでに涙目になっていた。

ルリにしてみれば青天の霹靂、急転直下もいいところで、呑気に過ごしていたらいきなり冬が来てしまった小動物のように途方に暮れるしか無かったのだ。

 

「でも、これ結構前から告知はされていましたよね……何度か話題にしましたし」

 

彼はそう言うと研究室の一室に積み上げられた紙の山を横目に見た。

 

「告知されていたとかされていないとか、こうなってしまってはもう関係ないのですッ!!!」

 

腫れたルリの目がキッと釣り上がる。

あの紙の山を見るに、所内の連絡事項が記載された諸々の書類はルリの目に触れること無く積み上がっているに違いない。彼がひと通り目を通し、ルリに手渡しかつ口頭でも伝えているのにも関わらずだ。「わかったーわかったー読んどくよー」というルリの言葉は十中八九”読まない”の証なのだ。彼は心の奥底で少し、自業自得だなとも思わないでもない。理解していれば心の準備も出来たであろうに。

 

「”魔導司書”さんがいないと私の研究は成り立たないのです!」

 

ルリは悲劇かなにかのように感情たっぷりに言い放った。

完全に成り立たなくなるわけではないのだが、彼は魔導司書について知るところをもう一度思い返してみた。

 

   *

 

王立魔術研究所内で魔導司書という存在が、ルリのような四六時中魔術の研究に明け暮れる研究者にとってどのようなものであったかは、王立魔術研究所での役割について知るとわかりやすい。

魔導司書は王立魔術研究所図書館内に在籍している司書だ。しかしただの司書ではない。10人以下の小さな部門であって、その存在が大々的に活躍しているかというとそうでもない。

広大な王立魔術研究所図書館にある一室に彼らはいる。ダークブラウンの木材で囲まれた室内は、昼間でも薄暗く、天井から等間隔に吊るされたオイルランプが妖艶な空気を生み出している。ほんのり香るオイルの匂いが鼻をくすぐる小さな部屋だ。研究者たちはその部屋を訪ねる。魔導司書が持つ能力こそが彼らを魔導司書たらしめんわけだが、この能力は一部の研究者にとっては利用価値があった。

魔導司書はある能力を持つ。これは古来”千里眼”とも言われる力だが、現代においてこの力は解明されている。一種の魔術なのだが、ただこれに関しては一般的な魔術のように普遍化することは出来ないのだ。如何せん、人族の”感覚”にそのほとんどを依存するからだ。ひとつの才能なのである。

その仕組みはこうだ。魔導司書と呼ばれる彼らの知覚能力は並外れて高く、その感度は霊的とも言える。古代、彼らの先祖は”シャーマン”としてその土地を治めるほどの力を持つ者もあったという。”風のうわさ”という言葉の由来は彼らの先祖にあるとも言える。

この世界に風がないところはない、流れのないところはない。彼らは主に風に乗る念を掴むことが出来る。念とは生命の写し鏡のようなもので、ヒトの言動心情はすべてその場に念として残る。誰もいない部屋にヒトがいた気配を感じるというのはこの一例だ。それは突き詰めていけば、そこでどのような会話が行われたかという言葉さえも拾うことが出来る。念として言葉、つまり口から発せられた流れが空間に念として記録されている。それだけで尋常ならざることなのだが、彼らはさらにその方向を知ることが出来る。裏を返せば、どこから流れてきた念かわかるため、自分の掴みたい念だけを選別することが出来るのだ。

近代において自らの能力を最適化した彼らは、その能力を情報の伝達、そして”諜報活動”に応用した。戦中、ヒトがモノが動くとき、そこには強力な念が生じる。それは彼らにとっていち早く掴むべき対象であった。しかし情報戦に陥ることも多々あり、誤報が招いた悲劇も多くあった。情報伝達の技術が発達していなかった頃の大戦では情報伝達の要として暗躍した。

そんな彼らであるが平安の世ともなれば、その能力は戦闘よりも学術的分野で伸びることとなる。さらに言えば、彼らの能力はこの現代においても神秘として扱われることもあるのだが、あくまで”極めて異例な能力を持つ者”という扱いであった。今世の情報伝達は、霊的なものを必要としない学術的に解明された数多の魔術による正確無比な結果を求めるようになっていた。

そういった背景を持つ彼らは、この王立魔術研究所図書館において魔導司書と呼ばれ、研究への協力そして”昔ながら”の方法での情報伝達を行う、いわば”生き字引”として所属していた。

ただ彼らはその緻密で繊細な精神を有するが故に情報の編纂能力などにも長けており、所内に展開される文章の作成などの依頼が来ることもある。所内及び所外で発表された研究の成果及びその過程に関する情報などをまとめたレポートが作成されることもある。研究者の中ではこの古風な形式に則った方法を好む者も少なからずいた。何を隠そうルリもそのひとりである。

なぜこのポストが廃止となるのか巨大組織たる王立魔術研究所のお偉い方々の決めることであって、思いの外利用者がいなかったとか、人員削減にあおりで閑古鳥が鳴いているところが対象になったのかもしれない。そもそも王立魔術研究所の”利用価値”という言葉の裏側に、どのような思惑があるかは計り知れない。

 

   *

 

彼は今にも泣きべそをかきそうなルリを前にして、どうしたらいいものかと困惑していた。今回ばかりがどうすることも出来ないのだ。研究室に大量の本の重みで大穴空けたり、倉庫をさらに大量の本で占拠したりとなかなかやりたい放題やってきたわけだが、今回は相手が悪すぎる。

 

「魔導司書が廃止になるのは王立魔術研究所の決定ですから、覆しようがありませんね。それにいくらあの”天才の”ルリさんでも、所内政治には全くもって関係していないじゃないですか。声を上げたところで今のルリさんに決定を覆す力はありません」

「……こうなったら、所長室に向かって最大出力で古代魔術をババンと」

「なに恐ろしいこと言ってるんですか!」

 

もしルリがその小さな体に眠る獅子の如き魔力の全てを注ぎ込み、古代魔術を研究所内で放ったとしたら。彼は身震いがした。その騒動の後に、ルリとふたり仲良く絞首台に立っている絵が浮かんだからだ。

 

「とにかく、残念ではありますけど決定は決定ですから」

「やだ」

「やだって」

「いー! やー! だー!」

 

ルリが地団駄を踏みながら抵抗する。

 

「魔導司書さんたちがいなくなっちゃったら、自分で色んなこと調べなきゃいけないんだよ? 毎朝毎朝お話しに行けばよかったのにそれがなくなっちゃうんだよ?」

 

閑古鳥が鳴いていたとも言われるだけに、ルリはただお喋りしに行っていただけだろうとも思えなくもない。

 

「だって、ほら。自分の知りたいことが一箇所に集まってるってすごく素敵なことじゃない? だって、そこに行けばいいんだよ? 教えてくれるんだよ、全部わかるんだよ? のんびりしてるから、ちょっと時間かかるけど」

「……でもまあ、代替となる手段がないわけじゃないですし」

 

もちろん活版印刷に始まり、果ては物質の転送を可能にする魔術さえも考案される世の中だ。極めて古風なこの方法を取る必要は必ずしもないということは誰でもわかる。

 

「だめ! なってない! そんなのロマンがない! 彼らは言ってみれば”古代”そのものなんだよ。彼らのなかに流れる血は、私がこれまで求めに求め続けていたあの時代の血そのものなんだよ。そんな人たちが近くにいなくなる、お話聞けなくなるなんて!」

 

ルリにしてみれば情報の伝達手段の効率どうこうよりも、彼らの能力というのはあくまで自然(あるいは超自然的な)な力によって編み出してきた人間古来の力と映るのだろう。そうすると、彼らの力に日常的に触れるというのは古代魔術を研究するルリにしてみれば何かしらの良い作用を生み出しているのかもしれない。

 

「それに……古代魔術に関しては特にそうで、研究分野としても少数も少数だから、少しでも情報源がないと」

 

ルリが奥歯を噛む。

若輩のルリの顔が広いとは到底思えない。研究所内でもその才覚によって最年少で地位を得ているわけで、”権威”などと呼ばれる初老の研究者がうじゃうじゃといる研究所においてはルリの地位が軽んじられる、またそもそもルリが軽視されるということは往々にしてある。そこにはやっかみなども存分に含まれているのだろうけれども。彼らからしたら孫ともひ孫とも言える年齢のルリが、所内政治で一定以上の地位を築くなどというのは無理がある。

 

「ルリさん、研究者の知り合い少ないですもんね……」

「友だちいないみたいに言わないでよ」

 

彼よりも5つも下の、下手をしたら妹か何かのような年齢にあるルリがこの王国の発展とともに巨大化強大化した王立魔術研究所内で”世渡り上手”になるなどということがあるのだろうか。助手としてこのルリという”稀代の才能”の下支えをしてきた彼からしてみれば、所内出世も悩みの種でもあった。

 

「それはそうと、これからどうするんですか?」

「どうするもこうするも……助手君に毎朝紅茶淹れてもらわないといけないし、お菓子も……」

「結局おしゃべりしに行ってただけじゃないですか……」

「大事な習慣なんだよ! 知的なことするには」

「別に紅茶淹れるぐらいならできますが、そうではなくて”魔導司書”に頼んでいたことをどうするのかというのです。そこのところ僕が”代わり”できれば手っ取り早いのですけど」

「助手君が代わり?」

「ええ、なんというかそういうの、見聞きした情報をまとめたりするの得意ですし。そうでもしないとルリさんの助手なんかやってられませんし。魔導司書の人たちのように、なにか”コツ”でも掴めれば」

 

いつもの調子で返事をしてくるのかと思っていた彼は、目の前で自身を見上げるルリの表情を見て、ルリの様子が違うことに気がついた。まるで掴みたかったなにかに、あと少しで手が届きそうなそんな表情をしていたのだ。

 

「助手君のその”超人的な真面目さ”にたまに惚れ惚れするわ」

「そこに惚れられても困ります」

「助手君……」

「なんですか?」

「私ね、助手君の”名前”って滅多に呼ばないじゃない」

「ええ、それはもう慣れましたけど。いきなりですね」

「あまりに呼ばなすぎてすっかり忘れてたなんていうと怒るかもしれないけれど、ちょっとね、いま助手君が”魔導司書の代わりになる”って言ったじゃない。それで、”あれ?助手君ってどんな名前だったっけ”って考えたんだ」

「ああ、アルフレ……」

「だめ、言わないで! 答えに辿り着くには美しい道筋というものがあるの!」

 

声を荒げるルリ。興奮に浮き足立っている様子で、質問を重ねる。

 

「助手君の出身はどこ?」

「”ガレウス”ですが。この王都から東に、結構離れてますかね。山間の街ですよ。なかなか過ごしやすい気候の街です」

「うんうん。私の記憶と間違いがない」

 

じーっと彼を見上げた後、ルリが口を開いた。瑞瑞しいその唇が震えている。

 

「それで私、スゴイことに気がついてしまったんです。助手君、魔導司書の資格を持つ人達がそもそも特別な力を持っている、その力を自覚しているという前提はもちろん知っていますよね? 何度も何度も読み上げて聞かせましたよね」

「そりゃもちろんですよ、耳にたこができるぐらい」

「その能力の最も強力な源泉が”ある一族”に由来しているということは?」

「うーん、専門外なので詳しくは知りませんがそういう一族がいるってことぐらいは」

「そう。私もそれらのすべてを助手君には話していないのです」

「それはそうでしょうね。そんなことされたらルリさん、延々と話し続けますでしょ」

 

ルリはそれに返事すること無く棚の中からある一冊を引っ張りだすと、机の上に置かれていた本の山を端に避け、紙を捲り始めた。ルリの眼球は動くこと無く一点を見続けている。

彼はその光景にルリ=ハーレンという人物の本質を見たような気がした。ルリの脳内で稲光る記憶と記憶の結合が、世の中に無数にあるひとつの本のたった一行を迷いひとつなく探り出させる。

ルリが手を止め、バサリと本を開き該当箇所を指さした。そのページには魔導司書と呼ばれる者達が身につけている能力の一端を知ることの出来る調査内容が記されていた。そこには実際に研究者が足を運び、重点的に調査を行った地域の名前が記されていた。

 

「助手君、あなたの出身地は?」

「”ガレウス”」

「あなたの名前は?」

「”アルフレド=イプセン”」

 

ルリが何を言わんとしているかわかった。ルリが指し示した箇所にはズバリ、”ガレウス”そして隣のページには”イプセン”と書かれていたのだ。

 

「助手君の生まれ故郷には、かつて”イングヴァル=イプセン”という名を持つ偉大な能力者がいた。イプセンという名はその一族に共通して付けられている名」

「知らなかった……」

「当たり前です。”イングヴァル=イプセンは”異端”だったのですから。100年以上前の話ですし、ある事件のせいで一般にはいなかったことにされています。それはこの街に行っても同じでしょう。”イプセン”という名を持つ人は見つけることは出来ても、それをイングヴァル=イプセンに結びつけることは出来ないでしょう。彼はもう存在しないことになっているのだから。でも、人々が彼の存在を後の世から消そうとしても、後世に生きる私達研究者は彼を発掘し、目覚めさせるのが役目です」

 

ルリはそう言うと、今まさに開いていた本をパタリと閉じ、胸に抱えた。大事そうに抱えるその本は表紙が破れかけていて、中の紙は黄ばんでいる古書だった。

 

「つまり、僕がこの一族の血をひいている可能性があるとでも? 魔導司書と呼ばれるような人たちみたいな力を僕が持っているとでも?」

 

ルリは満面の笑みで何度も何度も頷いた。

 

「成りたくても成れないもの、手に入れたくても手に入れられないものだよ。それはあなたがここに生まれなければ、あなたの両親が結ばれなかったら、その可能性すら掴むことが出来ないのだから。あとは出会い、自覚し、素直に伸ばすこと。自分の力の萌芽に気が付かなかった? 自分の出生について触れる機会は?」

「まったく……強いて言えばおばあちゃんから聞かされた、いや聞かされてすらいないかも……」

 

幼少期に聞かされた物語など朧気な記憶の中から拾うというのは到底無理な話であった。思い返す限りでもイングヴァル=イプセンなどという言葉は聞かなかった。自分がイプセンという名を持っていることも、何か特別な意味があるとも思っていなかった。彼にしてみれば、ありふれた名前でありそれが普通のことだったのだ。

 

「がっかりだよ、助手君。そんな猫の額みたいな知的好奇心で私の助手が務まるとでも思ってるの? これは素晴らしいことなんだよッ! 助手君は私の助手になるためにこの世に生を受けたようなものなんだよッ!」

 

ヘタをしたら語弊のある言い方だが、果たしてこれは褒められているのだろうか。

 

「そうと判れば話は早いよ!」

 

ルリは彼の袖を強引に掴むと引っ張り、研究室の入り口へ誘った。

 

「魔導司書さんに話を聞いてくるんだよ! 助手君には、”魔導助手”になってもらわないと! そのねぼすけな才能を目覚めさせないと!」

 

ルリが大きく息を吸い込んだ。

小さな胸の膨らみを、それ以上の期待で膨らませる。そのふたつの瞳は、夜空の星のようにきらりと輝いていた。

 

「さあ行くよ、”アル”!」

 

アルはまた始まる騒動に巻き込まれるのかとため息が出た。

しかしいつもとは違う流れ、自らの可能性というものの萌芽に少なからず期待をする自身がいることにも気がついていた。興奮のあまりルリが名前を呼んだことも、その萌芽の一端でもある。

足早に研究室を出る。先ゆくルリの背中を見て、アルは忘れること無く研究室の扉に不在の札を提げた。

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

あとがき

Googleリーダー終了の報せを受けて、突発的に書きました。

 

 

【SHF】本を読む場所が冷えるのは、いけませんね - なんかカラフルな生活
 

【SHF】本を片付ける最中に本を開いてはいけない(後編) - なんかカラフルな生活
 

【SHF】本を片付ける最中に本を開いてはいけない(前編) - なんかカラフルな生活

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