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【書感SS】『インターウォール interw@//』(佐々木充彦)

 

地下鉄のホームにあるベンチで、僕は5本も電車を見送った。

ぼんやりしていたのではない、乗りたくなかったからではない、乗る必要がなかったのだ。

うつむき本を読む僕の前を通り過ぎていった電車が、本当に”5本”だったか正直なところ怪しい。覚えている限りでは5本、もっと通り過ぎていったかもしれない。

でもそんなことはどうだってよかった。読むことが出来るならばそれでいいのだ。

 

『……線に電車が……黄色い線の……お下がりください』

 

直後、ひんやりとした風が体を右から左に撫でていく。季節は冬。明後日は雪も降る予報だ。

鉄の塊が僕の目の前を通り過ぎる。パラパラとめくれそうになるページを抑えた。

僕は夢中だった。夢中で漫画を読んでいた。

 

  *

 

出会いはすべてがすべてあらかじめ用意されたものではない。それは何の予兆も気配もなかった。でも、後々になってこの出会いの偶然性と必然性のとろけ合いをどこか考えたくなったのかもしれない。

月曜日の物憂げなタイムラインに流れてきたその本の名前を見て、アップロードされたその本の表紙画像を見た時、僕は考えるよりも先に”お気に入り”していた。お気に入りだったのだ、その出会いが。

 

インターウォール interw@//

 

会社を飛び出した僕は、はやる気持ちを抑えながら会社近くの商業施設にある本屋さんに入った。

ブルーマンデー? 会社を出た僕にとってはもう過去だ。月曜日は終わる。月曜日と火曜日のすっぽりと空いたこの時間を、この本で満たすんだ。

この大きさの店舗なら、どんな本だって置いてあるはず。

検索機。

無いなら電車に乗って乗り継ぎ駅にある大きな本屋さんに行けばいい。

在庫あり。

それでも無かったら、自分の部屋に飛び込んでパソコンを開いてAmazonに行けばいい。本当においてあるのか。

棚はどこだ。とにかくそれを手にしたかった。

幸い一軒目の本屋さんにその本は、”本当に”置いてあった。僕はそれを手に取った。

最初の感想だ。重い。そのまんまだ。重い。600ページもある。その存在感は、漫画売り場に平積みにされる漫画の中でも異彩というやつだった。

ビニールカバーがされたその本の表紙を眺める。これはなんだろう。たくさんの人がこちらを見ている。椅子。映画館か、いや劇場のようにも思える。一席だけ人が座っていない席がある。なんだろう。

紙のカバーは断った。ふと思ったからだ。これを僕が電車の中で読んでいたら、周りの人は「なんだろうこれは」と思うかもしれない。なんだろうと思っても、その人にはその本のタイトルはわからない。なんだろう、なんだろうと思い続けて、本屋さんに行った物好きな人が「あっ!」という出会いをするかもしれないから(後に僕は知るのだけれど、”1回目”でそれは無理だったのだ。その理由はすぐにわかる。僕はそう長いこと電車に乗ってはいなかった)。

 ホームに滑りこんできた電車に僕は乗った。

 

  *

 

ほどほどに混み合った車内で、僕はドアに寄りかかりながらこの漫画を開いた。

目の端を真っ暗な壁が目にも留まらぬ速さで流れていくなか、僕はその色彩に目を奪われていた。

僕は時間を忘れた。

めくれどもめくれども、色の無い世界がない、黒でさえ満たされている。

フルカラーだ。600ページすべてが、だ。帯にも書いてある、”圧倒的”だ。

これは、そうか。そうだ、色だ。懐かしい色。暖かい色。冷たい色。

ひとつのページにそれぞれ温度がある。加速していくページめくり。

 

僕は手を止めた。

 

最初のページに戻る、時間を巻き戻した。

”リバーサイド・シティー”、僕はその雑踏に迷い込んだ。

そうかSFか、でもどこか今僕が乗っている電車と地続き感がある。

人が行き交い、ショーウインドウは夜闇を照らす。陽はなく、朝もない。

人工的に作られた、キラキラとした情景が広がる。

 ああそうだ。読み進めないと、これにはストーリーがある。

エレベーター?

その時、寄りかかっていたドアが動いた。駅だ。

そうだ、電車に乗っていたのだ。エレベーターは、この漫画のなかの話だ。

 

僕は降車するひとの邪魔にならないように一度ホームに降りた。

そうして忙しなく流れこむ人波に飲まれそうになったとき、僕は足を止め、人を飲み込んでいくドアに背を向けた。目に映ったひとつのベンチに向かって歩き始める。

彼は迷いこむ。夢なのか、現実なのか、今なのか、過去なのか。ここなのか、どこなのか。 

電車がすべての人を飲み込んで空っぽになったホームを僕は歩いていた。

 

「続きを読まないと」

 

僕は時間を忘れた。

僕は5本も電車を見送った。

でもそんなことはどうだってよかった。

 

インターウォール interw@//

インターウォール interw@//