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「主体性に任せる」という言葉

 

指導・教育する立場になったとき、自分はどう戦略的に人を育成できるかというのを考えます。まだ2年目のぺーぺーですけどね。

例えば「主体性に任せる」という言葉を”めんどくさい仕事を増やしたくがないために”この指導・教育の機会に使ってしまうことの勿体なさ。とても聞こえがよく素晴らしい言葉ですけど、これを使えるのは”放任することの裏でフォローする体制を密かに動かし続けている”から使えるというのもありますよね。

よく言われるのが、「君の主体性に任せる」「だけど私は忙しいから構う時間はないのだよ。だから主体的に行動しなさい」と。往々にして主体的に動かした結果発生した問題の対処が、忙しい私ではどうにも対応し切れないもので、それにまた腹をたてるという事態になるのでしょう。

そうすると自分が将来的に指導・教育する立場になったときに、何を思うかというと「私は君を教育するにあたって、こういったフォロー体制を作っている」「基本的には君の主体性に任せるけれど、主体性云々の以前に定期的な報告とフォローの場を設ける」「ということで、主体的に動いてみなさい」ということを言いたいなと。さて、これが出来るようになるためには今から何をしなければならないんだろう。

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