無題のドキュメント(1)


何かに吸い寄せられるようにして、そのふわりとした存在の根拠を求めて彷徨い歩く。マフラーに顔をうずめながら、白む息が寒空に消えて行くのをぼうと眺める。年も暮れつつあるこの街の喧騒の中で、今までの自分にはなかった甘ったるい絶望と容赦ない焦燥がじりじりと身体を締め付ける思いがする。
ポケットの中に突っ込んだ両手に握りしめるのは、そうした絶望や焦燥が混ざり合ったもの。何とはなしにいじりまわしているうちに、それが指と指の隙間から生暖かな感触と共に溢れ出す。ポケットを引っ張り出してパッパと叩けば、それはドロリとコンクリートの上に零れ落ち、空気に融けるかもしれない。めでたしめでたし。
しかし、これらを空気に触れさせたくはないと思うのもまた事実。
信号機が点滅を繰り返す。大きな道路を挟んで向かいに立つ人々も、空っ風に身を縮こまらせ、ある男性はポケットに手を突っ込み、ある女性は重ね合わせた手に息を吹きかける。
私の視力はそれほど良くはない。良くはないが今まさに息を吹きかけた女性の息が白み、空気に溶けて行くのが見えた。今日は朝から冷え込む。朝とも夜ともわからない虚ろな街で、どうにかして地に足をつけて歩いていたい。

晒しちまえよ。声が聞こえた。誰ともわからない。
晒しちまえよ。ポケットに突っ込んだ両手にじわりと汗がにじむ。
晒しちまえよ。待て、それは出来ない。

これを取り出したら形をなくしたそれは両の手から溢れ、溶ける。
その冷たさに皮膚が切り裂かれそうではないか。そう考えて、強く握りしめて見る。それはジリジリと熱を持ち始める。熱い。焼けるような熱さだ。額にじっとりと汗をかく。外に出してしまおうか。外気に触れさせれば発熱も収まるかもしれない。
ただ急にこの外気に晒したら、これはどうなってしまうのだろう。どうなるかなんてなにひとつわからない。溶けるのか、割れるのか?
ポケットの中で皮膚が焼ける。指先が溶け始め、爪がポケットの底に溜まる。
どうすればいいのだろう。いよいよそれを握りしめる感覚が薄れてきた。どうすればいいのだろう。
信号機が点滅を終える。過ぎ去る人々の背中を眺める。粘り気のある汗がひとつ、頬を伝った。

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