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「文章が行き詰まったから、これをしよう」に転換する

 
 
――原稿はすでに出来上がっているッ! 頭の中ではなッ!
 
ということはままありまして。そうしたときにどうやって打開するかということをひとつの方法として手元に持っておくことはとても大切です。筆が止まった(指が止まった)ときにどうするのか、その方法の数々を明確にして、上から順に実行していく。それでもダメだったら、寝る。というぐらいの割り切りが行き詰まりには必要なのかもしれません。つまるところ、執筆作業の緩急の付け方を会得することなのです。
 
 
シゴタノ! 「文章の行き詰まり」からの打開策

 
この記事で挙げられている三点のなかでも、私は特にフリーライティングを多用します。これが実行される順序としては、
 
①文章に行き詰まる
②その章内で他に書けるところを書く
③別の章で書けそうなところを書く
④それでも書けないやばいどうしよう
⑤実行
 
となります。大抵、「うーん、続きが思い浮かばないなあ」というときはその文章の続き方に適切な流れを見いだせないだけであって、別の場所を書き始めてしまうと、そこと筆が止まった問題の地点との繋がりが見えてきて続きが書けるということがあります。
 
上から下に右から左に文章が構築されていくべきという考えをお持ちならば、それをまず”然るべき場所”に置いといていただきたいものです。なんといいますか、あれです、その一方通行である文章の流れに固執するというのは、常時ヘルメットを装着しているみたいな窮屈さがあるのです。そのヘルメット脱いだときの、空気に触れるあの感じが必要なのです。閑話休題。
 
 
飛び飛び、逆流なんでもありではありますが、そうしたっても筆が止まるというときはあります。ジグソーパズルを部分的に埋めていったはいいけれど、やっぱりわからんと。そういうときに、メモ帳なり別のファイルなりを用意してフリーライティングを行います。思いつくままに書きなぐりるのだと。時間を決めて、限りなく自由に。
それは必ずしも文章を書き進めるための言葉だけを思い浮かべるということではなく、”その時に”思いつく言葉を書くようにしています。停止した脳が一時の許しを得て、別のことを考え始める時に生まれるものに、文章を書き進めるヒントがあるかもしれない。なおかつ切り替えたとはいえ、頭の中はまだ行き詰まった文章を考えるという状態が尾を引いているときがチャンスです。
 
しかし文章の続きを書こうとして筆が止まっているわけですから、それをそっくり抱えたまま”続きを書くための発想”をしても良い結果は得られないというのが実感です。書いていて止まったんですから、書いていなくても止まったままなはずです。
ただこれも発想の仕方が外れすぎていること、例えばいきなり今日の夕飯についてを書きなぐったところで、夕飯は充実しても目の前の文章は一歩も進まないということは避けるべきです(食に関わる文章を書いているなら話はまた別でありますが)。
 
この「文章の行き詰まりからの打開策」は、執筆作業の緩急の付け方を考える格好の例だと思います。何をしたって止まるものは止まる。それは待望の新刊を書き進めている作家であっても読書感想文に悩む小学生であってもです。
こうした行き詰まりに対応するための方法を明確にしておくことで、「行き詰まったまずいどうしよう」から「行き詰まったからこれをしよう」に発想を転換させる。文章を完結させるに至る心労を軽減させる上ではこうした緩急の付け方も会得しておくこと。文頭からアクセル全開で書き切ることが出来るのは、”トランス”しているときだけです。しかもその状態を毎回自分でコントロール出来る、なんてことが難しいのはもはやおわかりのことではないでしょうか。