物書きとMacBook Pro Retinaディスプレイモデル

 

*MacBook Pro Retinaディスプレイモデル

私が普段自宅で使うMacintoshをえいやと買い換えてしまったわけですが、ちょっと使っただけでこうも快適さが違うものかと感慨深く思っているわけであります。いや、買い換えて半日も経っていないんですけどね。それにしたって凄い変化です。

 
iMac(2010Mid)を今まで使っていました。本当にいい子でした。本当にいい子だったのですが、最近そのディスプレイサイズに疑問を持つようになってきたのです。21インチも必要か?と。それまではずっとWindowsで、なおかつノートだったので「そろそろMacで、しかも構成モリモリなのが欲しいなあ」とiMacを買ったわけであります。よく頑張ってくれました。
ただ、そのディスプレイサイズに比べて作業に必要な領域がそれほどでもなかったこと、また設置する机と椅子の関係で21インチの画面を間近でなおかつ見上げるような形になっていること。それがちょっとストレスに感じていました。買い替えの時期かなとも思い、リニューアルしたiMacがRetina非搭載だったことも踏まえ、私が取るべき選択肢はひとつでした。15インチMacBook Pro Retinaディスプレイモデルを買えと(Ultimateモデルに限りなく近い構成にしてしまったわけですが、文字書きにその性能は必要か否かはここでは触れないことにします)。
 
 「MacBook Pro Retinaディスプレイモデル」について書いていくわけですが、これを読んだ上で購入を検討するという場合、ここに書かれていることはひどくめちゃくちゃなことでもあります。「そんなの買って自分の机に置いてみないとわかんない」ということなのですから。そしてそれを行うにはあまりにも金額がネックなのです。だから参考にはならないのかと。さらに言えば、べた褒めしまくります。実にフェアじゃない。
 
 
*美しさに陶酔する
私というものを定義した時、その主成分ともなる物書き(自称)という属性の本分は、いかにしてその本性をみせるかというとやはり文字を書いている(打っている)ときなのでしょう。
ツールに対しては結構過敏に反応しまして、手に馴染むもの、馴染まないものでは明らかに文章を生み出す速度に差が出てしまう質なのです。だから私個人を考えた時に「ツールはなんだっていいんだよ、書ければ」という言葉には「そうだよね」と言いながらも、その内では「でも自分にとっては何でも良くないんだよね」と思うわけです。そうしたときに、ツールの選択肢として挙げたMacBook Pro Retinaは最善最良たるものだという確固たる”自信みたいなもの”がありました。なぜか。美しさに”陶酔出来る”から、創作に酔えるから。これは往々にして嫌悪される物言いですが、大事なことなのです(自分でコントロールが出来ているという前提はありますが)。
 
 
*陶酔、初期衝動、”なんか書きたくなる”
Retinaディスプレイに表示される文字の美しさというものは、実際にこうして机において対面してみてわかるものです(アップルストアに置かれているMacで申し訳程度にメモ帳に文字を打ち込むのではなく)。自分の執筆環境に迎え入れてみて初めてわかるのです。買わないとわかんないよというのは元も子もない話ではありますが、現に私がこうしてエディタを立ちあげて文字を打ち込んでいる時点で、その”書きたくなる衝動”というものがどれほどのものかお分かりいただけるかと。とにかく”なんか書きたくなる”。
”美しさへの陶酔”、それは創作をする初期衝動として十分たるものだと思うのです。”なんか書きたくなる”欲求がツールによって下支えされている。そこから先はMacBook Pro Retinaを使っていようが使っていまいが個人の技量の問題であり、生み出されるものが劇的に変わるかと言ったらそうでもない。しかし、そのそうでもないことが後々ひっくり返るとしたら、このツールを使い続けたことが”影響していた”と言ってみたいものです。
Retina以前に”戻れなくなる”というのもわかます。確かに戻れない。私の目がそれを拒絶する。脳から腕へ腕から指へ指令される信号が、このディスプレイに表出していくことがこんなにも気持ちのよいことなのかと。言い過ぎか、いや実際この陶酔がモチベーションに大きく影響しているのだとしたら、自己陶酔的な創作行為の危険性やそれをやっかむ意見さえも押し退けるだけのことはしてもいいのかもしれない。
 
*単調な作業を美しくする
美しさというものは実に正直です。単なる文字が上から下に、右から左に伸びていくというひどく”単調な”創作をしていく時に、どうしてその”美しさ”が必要なのか。そうやって単調に伸びていく文章の流れというものが、自分の目にどれだけ美しく見えているか。そしてその美しさが陶酔を呼び、通常以上の量と質への追求を生み出すとしたら、それは素晴らしいことだと思うのです。
だからこそツールの美しさは関係なくツールはなんでも良いのだとしたら、私は積極的にMacBook Pro Retinaを使っていたいのです。ありがとうありがとう。
 
 
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