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【小説】 infomenace

 
この世の中のありとあらゆる情報全てを、最高最速のコンテンツとして全世界に発信できたらどれだけ素晴らしいことだろう。彼はそれを夢見ていた。彼が発信する”情報”に全世界が注目する。なんて素晴らしいんだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
[ おはようございます ]
 
 
 
 
 
天窓から射し込む光の温かさは、今まさに目の前に展開されているモノからは感じ取ることができない程に生々しい。胸と同じ高さ、宙に置いた両手を照らすその光は、張りを失いひび割れて行く手の甲を妙にはっきりと浮き出たせていた。
 
「手元が明るすぎる。ブラインドを」
 
彼は、装着した小型ヘッドセットから伸びるマイクに向かって指示を飛ばす。直後、頭上からモーターの駆動音が聞こえ、それまで手元を照らしていた光が規則的に消えて行った。モーターの駆動音が止まると、ヘッドセットから声が聞こえる。
 
[ ブラインド を 閉めました ]
[ 室内照明の光度 を 上げるため すべて 閉めました が いかかでしょうか ]
 
聞きざわりの良い声がスピーカーを通して聞こえる。
その声を毎日のように聞いても飽きない、気だるい朝でも嫌とも思えない声だ。有能な秘書の音声をイメージしてくれと言われたら、恐らくこの声色に似たものを誰しも想像するだろう。張りがあって、雑踏で聴いたとしても聞き分けられるような声だ。
しかしこの声にはどこか幼さがある。これは自身が心地よいと感じる声が選択された結果に合わせて、”優しさ”のステータスが平均値よりも高く設定されたのだろう。事実、”彼女”の年齢設定をセッティングモードから確認すると彼の年齢よりもだいぶ下に設定されている。
 
「ありがとう。照明もいい感じだ」
 
彼と”彼女”との交流が始まったのは”彼女”がこの世に生み出された瞬間からだった。かれこれ2年ほど。そして”彼女”が広く世界に知られることになった発表会見も”彼女”と共に観た。
 
―― [ こんにちは 私 が あなた の そばに 寄り添い あなた の より良き生活 を 約束します ]
 
確か”彼女”は開口一番、こんなことを口走ったはずだ。セットアップ時に数個の質問の回答と、指示されたワードをマイクに吹き込んだ後だ。
翻訳時に最適な言葉を選ぼうとしたのか、妙に古風な言い回しとなっていて苦笑した。ローカライズ版の製作時に余程、気を遣ったに違いない。スピーカーから流れた実体のないその言葉のあとに、室内の壁に設置した巨大なモニターにでかでかと企業名が映し出される。
メインモニターの丁度正面に小さな長方形のデバイス(ポケットカードサイズの、そう、今まで”名刺”と呼ばれていた紙と同じサイズだ)を設置する。デバイスの表面の丸い照射口から放射状に広がった光の中に、”彼女”は現れた。手早くロードされ成形された”彼女”は、実に彼の趣向を反映していて(これもセットアップ時の問いに含まれていた訳だが)、その”彼女”はとても”人間的な”姿をしていた。実物大と説明されるその姿は彼よりも頭一つ低く、髪色は栗色、活色良い肌艶が表現されている。ただエージェントらしく身なりはきっちりしているものかと思われたが、彼の目の前に現れた”彼女”は、白いシャツとハーフパンツという姿であった。衣装の選定が、間に合わなかったのだろう。
世界中に製品版としてリリースされた”彼女”は、人種があえて特定できない、文化的に偏りがないといった考慮のされたデザインが施されているが、彼の目の前にいる”彼女”は製品としてリリースされた”彼女”よりも、自由なカスタマイズが可能となっていた。なにせ、彼の目の前にいる”彼女”は制作途中にモニターとして彼に提供されたものだったからだ。彼は、最新の流行に合わせて髪型や衣装が変わるようなプラグインを”彼女”に入れた。他にも、”彼女”がより人間的であるような様々なプラグインを適用している。
頭の中では”彼女”が高度な技術によって生み出されたエージェントであることが理解できても、どうにも面倒見の良い”妹”ぐらいにしか思えないのが、製品として”惜しい”ところであった。
 
「あと、室内が少し肌寒い。今朝配信されている”情報”はすべて中央のモニターに、同業ではなくより購買層に近い人のものを集めてくれ。言葉が拙いほどより良い。それとコンソールは構築に合わせたものに。今日は、映像が多めになるからそれも考えてくれ」
 
彼の注文に”彼女”は、5秒ほど沈黙する。
 
[ 了解しました ]
 
宙に置いた手の位置に合わせて、仮想キーボードが表示される。その左側、丁度左腕に合わせるように横長のコンソールウインドウが表示され、そこには彼がいつも”情報”を構築する際に使用する電子ツールが陳列されていた。映像が多めになると指示したことによって、そこには世界各国の映像クリエイターたちの連絡先と得意とする分野、そして秒単位で記載された納品時間が一覧化されていた。
 
「さて、始めようか」
 
[ 始めましょう ]
 
"彼女"は「出来ない」と言わない。もし要望を実現することが困難であれば、必ず代替案を提示してくる。彼女が出来ないのではなくて、彼の要望が筋違いなのだと言わんばかりの返答をすることもあるが、彼の生活においては全く持って不自由なことはなかった。
 
[ 本日は AOE社 の 製品発表会 が 予定 されて います ]
[ 最新 の 自己ステータスプラグイン の 発表 です]
[ これは 今まで数値化不可能 であった 人間のこ ]
 
「いいよ、それはわかっている。早く本題に入ろう。今日はギリギリまで情報を構築しないでいたのだから。あまり時間はないよ、このあとコーヒーだって飲みたいからね」
 
[ 失礼しました ]
 
丁寧に商品説明を始めた”彼女”の言葉を遮るようにして中断命令を出した。”彼女”は即座にモニターの表示を切り替え、”情報”の構築作業に移行した。
 
[ 予定していました 記事構成で 構築 を 行いますか ]
 
”彼女”はモニターにひとつの画面を表示させた。そこには昨日までにAOE社の担当と構築してきた”情報”の完成イメージが表示されていた。
これが製品発表と同時に、ひとりの”とても影響力のある”情報発信者の”情報”として、全世界に伝わる。しかもそれは受け手にとって最適な言語に翻訳される。言語の壁を容易く超えてしまうことが出来るのも、ひとえにAOE社からの技術提供と資金提供があるがためで、だからこそAOE社の製品については、他社よりも”贔屓に”しなければならないという制約もあった。AOE社が思い描き提案した”情報”の構築要件に合致するように彼はその”情報”をデザインした。彼が最も影響力のある情報発信者のひとりでもあることから、AOE社の力の入りようも鬼気迫るものがあった。それに応えるがため、彼はこの完成イメージを提示したわけだが。
彼はどうにも、違和感を覚えた。この違和感はここ最近、特にこうして全世界に発信する”情報”を構築しているときに感じるようになった。こみ上げてくる嘔吐感と、目の前に表示される大量の”情報”のたまり具合が見事に比例して、誰も見ていないのだからいっそそこら中に吐瀉物をぶちまけてやろうかと思うほどであった。
いや、”彼女”は見ているか。そんなことをした瞬間に”彼女”は”血相を変えて”、然るべき医療機関に、彼の現在のステータスを映像付きで送信するだろう。しかも専用高速回線を使うに違いない。
彼は思い切って”彼女”に問いかけてみた。
 
「……もう少し自分というものを書いてみたいと思うんだが、どうだろう」
 
[ 記事構成 を 変更 しますか ]
[ 主観 主義 主張 は 規制される 傾向 にあります ]
[ また ]
[ 文章 の 自動構築 をした 場合 AOE社 の 承認外 の 記事 が 構築 される 可能性 が あります ]
 
「わかっている。ただこの製品自体、人間の生活に関わるようなものだ。何てったって今までわからなかったものが、数字でわかってしまうのだから。何がどうひとを幸せにするかわからないだろう。だから今までの製品本位の情報ではなく、私個人が」
 
そこまで言ったところでモニターの表示がまた切り替わった。
”彼女”が用意した画面を強引に上書きするように全面真っ赤な画面が表示される。そして、耳に障るアラートが鳴る。
 
”契約外単語の使用が確認されます。規約違反となります”
 
それは”彼女”の声ではなかった。声などはなく、モニターに大きく表示されたダイアログによって彼に知らされた。
彼は苛立っていた。最近の不調の原因はこれだ。これに違いないと、ひとつの確信を得ていた。
コンテンツとして存在する文章の単語ひとつひとつにさえ恣意的に値段がつけられる。AOE社の”意図をふんだんに盛り込んだ”(全くもって気に食わないが)記事にしなければ、もちろんのことAOE社から支払われる”謝礼”(AOE社は頑なに謝礼という言葉を使う)というものは減る。さらにいえば彼のような影響力のある人間に、彼自身が選定した単語ひとつひとつにAOE社の影なるプロモーションの意図を込めることが出来れば、彼が生み出した文章そのものが、AOE社にとって最高の売り文句となるのだ。そう言った契約を結んでいかに自然で、いかに読み手を感嘆させる、いかに読み手にも依頼主にも”ハッピー”な”情報”にするかが今のトレンドとなっていた。もちろん、この仕組みは彼が始めたものであった。その仕組みに、彼は嘔吐しようとしている。
 
[ 室内 の 空調 を 調整します ]
 
”彼女”は彼の心理状態さえリアルタイムに把握している。さらにいえば彼の”癖”でもある舌打ちを聞き取ったのかもしれない。室内の温度をコントロールすることで、外的要因で彼の心身が乱れないようにしたのだ。
ただ、”彼女”は何かにつけて空調を調整する。彼女が人間ならば、その場しのぎもいい加減にしろと怒鳴るところだが、あいにく”彼女”は存在していない。それが”彼女”なりの正解なのであろう。それはまた”癖”とも言える。
 
「ああ、ありがとう。気分が良くなりそうだよ」
 
[ どういたしまして ]
 
あらかじめ用意されている返答のテンプレートであるから、さらにも増して流暢だ。時折、それが人間であるかのように思えてしまう時がある。
モニターに別の小さなダイアログが表示された。メッセージ受信を知らせるものだ。”彼女”がそれがAOE社の担当からであることを告げる。契約違反を冒そうとしていることを察知したのだろう。そのメッセージを読まずとも、担当が馬鹿丁寧に、そして嫌に腰を折りながら伺いたててくる様子が目に浮かんだ。彼は舌打ちをひとつすると、”彼女”に指示を出した。
 
「先ほどの記事構成変更案を撤回する。予定通りAOE社の新製品とその発表会見、今後の製品予測について記事化する。記事デザインは、AOE社のブランドイメージにあったもの。以前受注した北米のあのデザイナーの素材を購入してくれ。あと使用したデザインは買取、使用をロックさせるように。他の奴に使われたらたまらないからな。本文は契約単語を可能な限り使用、2分で読める文量だ。今回の発表は注目度が高い。だからこそ今回はハズレがないように、自動構築をする。文体は可能な限り似せてくれ。注文をつけるとすれば、”興奮しているかのような書きっぷり”だ。タイトルは……そうだ、今回は古典的な手法を取り入れてくれ。煽り文というやつだな、ショッキングなのが良い。過去の資産にあるはずだ、これはサーチに時間がかかってもいい。そうだな、今から20年前ぐらい、2012年頃の記事から抽出してくれ」
 
モニター中央に表示された「解析中」の文字が青白く光り、「構築中」に変わった。彼の注文によって構築されたひとつのコンテンツが、全世界が待望するある企業の新製品発表と同時に、彼の名前で広大なネットワーク内に投下される。
発表と同時に新着として配信されるそのコンテンツは、AOE社が独自に開発したプログラムによって弾き出されたある数字によって、その価値が決定付られる。目にも留まらぬ速度でカウントアップする閲覧数と共に、彼の懐の豊かさの指数もカウントを上げていく。これは彼が始め、そして情報発信のスタンダードにした方法だ。最速最高の情報発信をする、これで食っているといっても過言ではない。
 
「なあ」
 
彼は”彼女”に問いかけた。
 
「俺に関するステータスを全て表示してくれないか」
 
暗転したモニターに、グラフィカルに表示された数字が並ぶ。体重の変化から始まり、年齢、血圧、収入、その他諸々、数値化できるものは全て表示されていた。その中にひとつ、最近”AOE社から提供された”プラグインによって表示可能になった数値があった。彼はその数値を目を細めて眺める。他の数字は刻一刻と変化をしている。中でも中央に表示された自己影響度と投下した最新の情報に対する”ペイ”の値はカウンターが壊れるのではないか(そんなことあるわけはないが)と思うほどに数値を上げている。しかし、そのプラグインによって表示させたその数値だけは微動だにしなかった。
彼は”彼女”に付けられた名前で”彼女”を呼ぶ。”彼女”が「ん?」と答えるかのように、”彼女”の状態が「応答可能」となった。
 
「なあ、俺、幸せなのか?」
 
その数値を見つめながら彼はうわ言のように”彼女”に問いかけた。
”彼女”は返事をしなかった。珍しく代替案もなかった。モニターには「解析中」の文字。その周囲を囲むリングが赤く点滅し、今まさに、”彼女”がその質問に対する回答を用意しているとこであった。彼は大きく息を吐くと、チェアーに深々と腰掛けた。
 
「撤回だ。その質問には答えなくていい」
 
[ 了解 しました ]
 
”彼女”の返答の早さに彼は思わず口元を緩めた。なんだ、回答に困っていたんじゃないか。「解析中」の文字が消え、”彼女”はスタンバイ状態となった。
 
「それとその”プラグイン”、消しといてくれないかな。削除確認なしでいい」
 
聞き慣れた”彼女”の返事と共に、モニターに表示されたその数字は、雲を掻き消すようなエフェクトと共に消滅した。
 
 
(Fin)
 
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