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軸足に力を。

 

瞼を閉じて、深呼吸、鼓動を感じ、リズムを取り戻し、軸足に力を込める。

最近、なぜ自分のタスク管理の諸々が崩壊しているのかと考えます。崩壊と言ってしまうと大層な話に思えてしまいますが、タスクシュートを使っていたあの頃から見ると、没落貴族もびっくりな凋落ぶりで、大手を振って人様にタスク管理とはなんぞやなどと言えない状況ではあります。とはいえ何もかも全く出来なくなってしまったわけではなく、一本のろうそくの灯りで堅いパンを食べるかの如く、細々とその行為自体は続いているわけであります。限りなく停滞している、そう、限りなく。

 

その最たる原因という物が、”失敗経験の多さ”であります。何事も失敗は憑き物なのですが、そこで憑かれてしまってはいけないものが「結局なにをしてもだめだ」という失望感や劣等感。これに憑かれてしまうと、いくらポジティブシンキングなんてものが方法として唱われようとも、だめなものはだめなのです。これらを抑圧して考えないようにすることはポジティブシンキングではありませんし、これらに取り憑かれてしまったとことをどう解釈するかの一方法としてポジティブシンキングというものがあるのでしょう。

「タスクが大きすぎる」「タスクが意味不明」だから何も実行できなくって、そこにはタスクが実行出来なかった自分という物が残されているのです。結果が「出来なかった自分」なのですから、なかなかそれを積み重ねていくというものは辛い。 

 

目を輝かせながら成長を望むことが、想像しても想像しても絵空事で、絵に描いた餅でも食べる気が起きないほど、劣等感に取り憑かれているのでしょう。どうして肯定的にタスク管理をする事が出来ないのか、どうせまた出来ないという失望感があるからなのか。それを解決するためには小さな成功体験を積み重ねていくしかないのではないかというこれまた定石を置いていくかの如き試合運びに、頭を悩ませるわけです。文字として目から入ってくる耳寄りな情報は、脳に伝わり、脳の中にいる門番にこう問われる「貴様を通すわけにいかん。なぜならば、貴様は幾度と無く主を傷つけてきたからだ」と。しかし、閉ざされた巨大な城門を内側から見上げて、その主たる私は思うわけです「これじゃ締め出してるのか閉じ込められているのかわからん」。

 

さて、うまくいっていたかに思えたことが突然できなくなるということが、なかなかしんどいことだなあと思いながらも。仕事術の大家になろうとしているわけじゃない、ただ、この現状に降伏するのだけは勘弁なんだと、自分の手に握られた剣の重さを知るわけです。瞼を閉じて、深呼吸、鼓動を感じ、リズムを取り戻し、軸足に力を込める。剣の切っ先を突き立てる先には、何があるのか、今一度考えています。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。

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