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7インチタブレットと字書きと「文庫本1ページ分」の表示領域

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photo credit: POPOEVER via photopin cc

 

 *iPadmini狂想曲

7インチタブレットには思うところありまして。

かつてGalaxyTab(私が公表しない黒歴史)とかIdeaTabletA1(初期不良で高級文鎮)などを人知れず触ってきた私からしたら、先のiPadmini狂想曲にはお茶をすすりながら、なんとも静観した立場でいるわけです。諸君、この道を進むのは容易くはないぞ、と。

そうは言ってもiPadminiが最適解であることは間違いがないです。あれはすげえよ、あれは。「たぶれっとってなに?」と問われたら「ああ、iPadminiのことだよ」と言ってしまいそうになります。私も恐らく買うかとは思います。仮に来年iPadmini Retinaディスプレイモデルなるものが出たとしても、それをまた買うでしょうし。さらに言えば、Nexus7の後継機が出たとしたらそれも買うでしょう。この7インチというものは、恐らく自分の生活の中で最適解になりつつあるサイズなのです。10インチはもはやiPadの牙城ですし、5インチ以下をiPhone以外に任せるということも今のところ考えてはいません。ただこの7インチだけは違います。

しかし、この7インチという世界がいよいよ持って”創造的な生活”を広く一般的なものたらしめんものであることを考えると、これは実に奥深いわけです。最強なのはiPadminiかNexus7かKindleFireHDか!という”ウィナーズテイクオール”な競争に巻き込まれる前に、ちょっと考えてみましょう。考えがまとまらない公算の方が高い。それとそう、この記事はiMacの前にいながらNexus7で書いているんだぜ!(ヒャッハー!)

 

 *創造的な生活

そもそもこの7インチというサイズ感が何をもたらしているのでしょうか。先に書いた広く一般的となった創造的な生活とは何なんでしょうか。まず創造的な生活というものを考えていかなければなりません。ひとえに”創造的”といっても感じるものは人それぞれでしょう。私の場合、部屋はツールに溢れているわけですし、ツールによってもたらされる創造的な生活を感じる場面は主に外でということになります。なにを持ち出すか、持ち出したどんなもので創造的な生活を実現するかということになります。

私の創造的な生活の基準とは、もちろんこうして文章を書いていくことに違いありません。ブログの記事もそうですし、それ以外の創作活動、それに準ずる想像・思考やらなんやら。それをいかに満足して行っていくかが、創造的な生活……を飛び越えて死活問題となっているのです。これが出来ない日々を送ったらたぶん人間でいられない(妖怪的な何か)。 

 

 *PCを持ち歩けない、外出時には何を使えばいいのか

そうだとすると実際はどうなのかという話になります。7インチタブレットとモバイルルーターを常に持ち歩き、家と会社の往復を繰り返している中で何をしているのかと。

まず私が家を出るのは朝の6時。そして会社に着いて仕事を始めるのが8時です。その実、2時間です。夜はもう真っ先に帰ってくるだけなので、どこかに寄って作業と言うことはあまり考えてはいないです。朝の通勤2時間のうち、電車や乗り換えの時間が1時間半です。残りの30分間を7インチタブレットと創造的な時間を過ごすわけですが(この30分以外つまり電車の中という環境では、余程のことがない限り文章は書かないようにしています。効率的に書き切れた試しがありませんし、ストレスフルです)、30分の時間の中でどんなツールを使って何が出来るかという話です。

この点について私が持ち得る選択肢といえば、Nexus7、新しいiPad、GalaxyNote、iPhone4Sとなります。MacBookAirという最高の選択肢もありますが、会社に持ち込みできないので論外です。消去法で考えれば、iPhone4SとGalaxyNoteが消えます。画面が小さい。 GalaxyNoteが消えるのですから、iPhone5にしたところでこの問題は解決しないと思われます。視認性、そこはこだわりたいんのよ、ごめんねiPhone。

そうすると、Nexus7と新しいiPadということになります。Retinaディスプレイを搭載した新しいiPadに軍配が上がるかと思われるのですが、どうにもiPadでは立ち回りが悪い。立ち回りが悪いというのは、この30分間を使うにはいいにしてもそれ以外の時間で使う気が起きないのです。人で混雑する電車内で「いやはや、すいませんねえ」と思いながらiPadを取り出して、隣の人に肘が当たらないようにちまちまと使うなんて、もうストレスフル。とすると現状、7インチタブレットの雄たるNexus7の出番なわけです。横置きにして、リュウドのワイヤレスキーボードを開く。これで十分です。

 

 *「文庫本1ページ分」の表示領域

iPadminiにしても、Nexus7にしても、文章を書くときの視認性と携帯性を重視すれば限りなく正解に近いと考えています。どう言えばいいのかと小一時間悩みましたが、たとえば「ワイヤレスキーボードを使い、ソフトウェアキーボードを表示させない状態」で「文庫本1ページ分」の文字が一度に表示できると言えばいいでしょうか。視認性視認性とは言っても、よくよく文章を書いてみると、「文庫本1ページ分」が表示できていれば最低限のことは出来て不満はないのかなと思います。前後の文を確認するにもとりあえずは十分でしょう。

目の前に物としてのキーボードがある状態で「文庫本1ページ分」が見えていればあとはもう、アプリケーション側の問題になってきて、それによっていかに快適に入力できるかということになります。この点はiPadminiの方が上手ですかね。これについて少し書くとすれば、アプリケーションとして存在するテキストエディタの洗練さ加減がAndroidアプリには”全然足りない”ので、いくらIMEをATOKにしたところでも、完全な満足には至っていません。ここでポメラの話を出さないのは、あの子は恐らく違う世界に生きる子だからです(1記事使って書いてしまいたいぐらい)。

 

*iOSとAndroidの進化を同時に

そうするとiPadminiでいいじゃーんということに落ち着いてしまうのですが、そうは問屋がおろさないのが私と言うもの。手にしてしまった物がNexusファミリーであるため、Androidの進化を最先端で味わうことが出来ると。最初に書きましたがAndroid2.3を搭載した7インチタブレットは”ひどい”ものでした。あれはただの大きくなったスマートフォン。しかし今手にしているNexus7の進化たるや、Androidに対して抱いていた”劣等”を払拭する性能を持っていました(故にアプリケーション側の無軌道さが気になるわけですが)。

要はAppleのiOSの進化と同時に、GoogleのAndroidの進化も体験できるなら、ガジェッターとして必然的とも思える状況を楽しもうじゃないかと思うわけです。iOSがAndroidが最新になったところで、私の文章力がメキメキと上達するわけではありませんが、ツールによって下支えされている創作活動において、その支えが力強いものになっていくのは強く願うことであります。

 

*とりあえず7インチタブレットはおすすめ※

近いうちにiPadminiを買うだろうことは薄々気がついていますが、7インチタブレットにみる自分の創作活動、創造的な生活を行うためのツール具合というものに思いの外、信念じみたものを持っているようで、書き出してみるとなんとも収まりがつかない。とにかく、私から言えることは7インチタブレットを文章を書くために使うには、「文章作成の快適さを感じる最低限の表示領域」を持っているからみんな使うと良いよ、ただし「※ソフトウェアキーボードを使うことは考えてないからこの辺の検証はもうちょっと待ってね」ということです。最後の最後で投げたな、こりゃ。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。