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今日は何を書こう

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photo credit: Peter Hellberg via photopin cc

 

「今日は何を書こう」とキーボードに指を置いた状態で考えてしまうことがあります。

これ、私にとって”危ない状態”です。危ない状態というのはつまり、「書くことを考える」ことと「書くこと」が直結している状態です。

書くことの内容と書くという行為それ自体は、本来順を追って行われて然るべきで、これを同時にしようとするのはもはや禁じ手のようにも思えるのです。想像してみてください。キーボードに置いた指が硬直し、何を書こうか何を書こうかと、頭の中の機関が蒸気と熱を上げ、脳がうねりをあげていく様を。これ、毎日やったらそりゃ止めたくなっちゃいますよ。ここまで言っておいてなんの話かというと、これがブログの更新が続かないひとつの要因でもあるという話です。

いやはや、そうはいっても”時間”がないとね。わかります。この順を追うというのは、慣れていないと時間がかかりますし、時間がないなかで技術がなければ記事は書けません……という話をしようとして、はたと気がつくわけです。

世の中に溢れかえるブログというものをじーっと見ていった時に、私が上記のように「書くことを考えながら書く」という状態で「書けない!」というのは、それはひとつの側面でしかないのではないかということ。つまり同じ「書けない!」でも私が考えるそれと、まるで状況が違うということがあるんではないかということ。

まず私が「書けない!」という時は決まって、「長く書けない!」という嘆きが含まれています。「(何を書いたらいいのかわからないから)書けない!」のではなく「(どう話を膨らませればいいのかわからないから)書けない!」ということなのです。ブログが書けないという世間一般的にあり得る悩みの中でも、この種の悩みは技術と経験という問題を多く含んでいる。だから、書けるように書き続ければ良い。これで解決、ああ、スッキリした。

……で、終わらないのがこの話。よくよく考えてみたら「ネタがないのではなくて、そのネタに対してどう展開していけばいいのか」で悩んでいるわけです。これをキーボードに指を置いてしまっている状態で、”頭の中だけで”考えられることのギリギリを行っているのです。経験でなんとかしようといっても、どう乗り越えていけばいいのか。

単純に文量の話だけをするならば、1,000文字程度の文章ならば頭の中だけで構成を考えることは出来ます(実際、この記事もこの方法で書き始めています。つまりいきなりキーボードに指を置いていると。このカッコ書きがどのタイミングで挿入されたかを考えていただくと、なかなか苦労しているなあとも思えてくるのではないでしょうか)。それが出来ると言えるのは、「ひと通り書いたら見直して書きなおせば良い」という半ばこの話を余計にややこしくする行為でありますが。

ただ毎回毎回続けていくというのはあまりに進歩がないので、手を打たなければならない。どうしようかと。方法としてはまずキーボードに置いた指を離すというところから始まるのですが、離した手をどこに置くかというとやはり紙の上なんですね。結果として書き上がるものが稚拙であっても、何を書きたいか、どう書くかという骨組みは作っておくべきだと。紙にでも書いて落ち着かせれば良い。簡単なことなんです。私にとっても、これは簡単なことなんです。

しかし「(どう話を膨らませればいいのかわからないから)書けない!」と頭の中で叫んで、キーボードの上で指を固まらせているのですから、そもそも何がそうさせているのかと。記事の構成ぐらい傍らに書き置いておけばいいものを、と。

”焦燥感”なんです。これはもうどうしようもない。時間は無尽蔵にあるわけでも、それを使えるわけでもない。与えられた時間の中で、まだ完成した文章を出力する速度が、全くもって上がっていない。ついやってしまうんです、「書かなければならないから書かないといけない」というどこの誰が決めたともわからない所在不明の義務感によって。

「書けない!」から始まって、 「(どう話を膨らませればいいのかわからないから)書けない!」、そして「(書かないといけないんだけど、どう話を膨らませればいいのかわからないから)書けない!」と分解されてきたわけですが、ここにおいて考えられる”今日なに書こう地獄”から抜け出す施策は3つ。(1)焦燥感を緩和する(2)記事の構成を組む(3)2を基に書く、という挙げてみれば何のことはない、基本のきの字に笑われることだらけです。しかし、1の焦燥感というものが以降に続く”基本的なこと”を焼け野原にしていく様はここまで読んでいただいた方ならなんとはなしにお分かりいただけたのかなと思います。  

「(どう話を膨らませればいいのかわからないから)書けない!」というタイプの「書けない!」に焦燥感が含まれているんだから質が悪い。そもそもなぜ焦燥感があるのか、書くことに対してなぜそこまで執着するのかを冷静に考えてみたいものです。ただたんに自分がひと記事上げるまでにかかる時間が、実際に確保できる作成時間よりも多いから「だめだあ!」と言っているのか。そもそも自分が文章を書くということになにか”勘違い”をしているのか。そこさえ解決してしまえば、あとの(2)(3)で困るようなことはこれからの技術と経験の蓄積で解決できる話なのです。

なんとはなしに、原因はわかりつつあるのですが、それはまたの機会に。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。

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