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『7つの習慣』を自炊した(その実、2冊目)

好きな本を自炊(本のデータ化)するかという選択をするときに、往々にして私は「しちゃえ!しちゃえー!ヒュー!」と囃し立てるわけですが、世の中これではどうにもうまくいかないみたいです。だって、自炊しちゃったら本の形がなくなっちゃうわけですし。うーん。

 

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(上が自炊用に新たに買ったもの)

 

『7つの習慣』という本があります。知る人ぞ知る名著でして、私もこの本を手にして4年目(たぶん)ですが、いまでも一冊のこの本を読み返しています。読み込んでみるとわかるのですが、この本の特性として「さっと読み返してこそ効果がある」というものがあります。たださっと読み返すにしては分厚い。荷物が重くなることに抵抗がなくなってしまった私にとって、重さ厚さが問題なのではなく、この「さっと取り出して読み返す」ということが容易では無いことが問題なのです。方法は無いのかと腕組しながら考えること数秒。「もう一冊買えばいいじゃん」という思考に至ったことは言うまでもありません。

 

この「もう一冊買えばいいじゃん」という発想に、自分で決しておきながら乾いた笑いが出るわけですが。”読書”という行為を行う方法について電子書籍として読むか、紙の本として読むかという選択が同時に出来るというのは、投資して環境を揃えたからこそ出来るのかなと。

『7つの習慣』という本について言えば、それまで持っていた本には付箋や書き込みがあります。これを自炊するがために、付箋を外し、これ以上書き込みができないようにしてしまうというのも寂しいもの。しかしこの本に対する姿勢が、もはや本が一冊の本として自分の目の前になくてはならないという考えを通り越して、「何でもいい!とにかく読ませてくれ!」という渇望に変わってきているわけです。陶酔であり、中毒でもありますでしょう。もう、おかしい。

ただ、このような状態は『7つの習慣』だけに起こる話ではなく、そういったことがしたくなる本というのが私の背後で準備運動をしているわけです。「どこでも読んでくれ」と。

 

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しかし、なんでもかんでもすべての本を2冊用意するなんてことは到底出来ないわけで、自炊用を用意できる本というものは限られてくるわけです。購入のコスト<<<読書体験、という構図が出来上がっている本というものは実のところまだ数冊です。ただこういった構造に”陥る”ことが出来る本とたくさん出会うというのは、幸せなことなのかもしれません。でもそのバランスが崩れると本貧乏になってしまうわけですが……それが本望だよと叫ぶ日も近い。

とかく読書という行為を髪が束ねられた本というものだけでなく、電子書籍リーダー、スマートフォンやタブレットなどで読むことが出来る、また自身がその環境を用意しているということ、それらを踏まえても自分の読書環境は恵まれたものだと思うわけです。さて、本を読もう。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。

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