私のほぼ日手帳 カズンの使い方 ー 2012.10.07版

 

先日、ほぼ日ストアで購入した2013年版のほぼ日カズンが届きました。とはいえこれは12月始まりなのでまだおあずけ、さらに言えば2012年12月は1ページ2日分になっているので、がっつりとデイリーページを使う人は1月までおあずけなのです。新たな手帳を手にすることによって、気持ち新たに仕事に向かうわけであります。こうして自分というものを落としこむことの出来るものが新たになるというものはちょっとした高揚感があるというものです。

 

f:id:yukimid:20121006113300j:plain

 

さて、新たなほぼ日カズンが到着したにもかかわらず、なおも私の心に一点の曇があるのです。それはほぼ日カズン特有のウィークリーページのこと。ウイークリーページがあるにもかかわらず、遅々としてこのページの記入が進みませんでした。

 

というのもこのウィークリーページは、私の働き方ではどうにもうまく使えなかったのです。私の仕事は時間指定のアポイントが全くなく、一日のスタートからゴールまで積み重ねたタスクをどこまで終わらすことが出来るかという働き方をします。そもそもこの働き方(こういう働き方になってしまうこと)に問題が多分にあるわけですが、それはまた別の機会に書くとして、ともかく積み上げたものを下から崩していくだるま落とし式だったのです。そうすると、一日を時間で分け、なおかつ一週間という単位で記入していくウィークリーページがどうにも使いづらかったのです。

しかし、状況が変わってきました。

 

f:id:yukimid:20121006202544j:plain

 

”行動の記録”がより一層必要になってしまったのです。

上の写真に写るページは、実際に行動の記録をウィークリーページに書き始めた週のものです。手探り感満載のこのページから記録が始まったわけでありますが、では行動の記録とは何なのでしょうか。

 

よく”ログ”と呼ばれますが、まさにそのログです。何時から何時まで何の作業をしたか、会社の椅子に座った瞬間から30分単位で書いています。前述の通り私の仕事には、時間指定のアポイントがありません。会議も週に1回しかありませんし、それ以外はひたすら机に向かうという仕事です(現状)。とすると、時間というものに疎くなってきてしまいます。体は動かず画面だけ追い続ける。ディスプレイに映るWindowsの時計は見えても、果たしてその数字が示すものがなんなのかわからなくなります。この作業が「何時から始まって何時に終わるのか」ということが、手帳の記載だけでなく身体さえも知覚することが出来なくなってきたのです。時計を見ないわけではありません、しかし周囲からの「いいからやれよ!」というプレッシャーに潰されそうになっていたのです。作業に翻弄されることと、翻弄されるあまり”時計を見なくなった”という問題。もはやこの、現実の時間の感覚を失った状態で仕事をするというのは、精神力を湯水の如く使い続ける非常につらいものでした。記録以前は自分のペース、自分の時間感覚、さらには自分の仕事のあり方さえ搾取され犠牲にしていたといっても過言ではありません。

 

"行動の記録"のみならず、”時間感覚を取り戻す”さらには”心理状態を把握する”という必要が数珠つなぎに現れます。時間に関することをたっぷり書き込める、さらにはそれが一週間分並ぶというのはウィークリーページの強みです。私はここに自分が何にどれほどの時間をかけているのか、それをデータとして集めました。データといっても大したものではなく、自分がどの作業にどれだけの時間をかけたかを、後日週次レビューをするときに計算します。実に大雑把な計算です。Excelに落としこんで緻密な計算をするということでもなく、またtogllのように作業時間の記録が出来るサービスを使うわけでもなく、またTaskChuteを使うわけでもなく。一週間を鳥瞰できるこのウィークリーページをぱたりと開いて、その日その日に自分で記録していった文字を追います。これでは見積り時間なんて大雑把にしか出せませんし、データとして汎用性があるかと言われたらまったくありません。ただそういったデジタルならではの緻密さ、利便性を捨て、手書きにこだわるにはわけがあります。 

 

それはウイークリーページだけに限らず手帳全般に言えることなのですが、手書き文字は生き物のように動く形があるということです。その時々の書き方によって形が変化しているということが、デジタルとの決定的な違いです。その形の違い、それを書いた時の自分の心理状態が如実に現れているのです。それを週次レビューで拾います。大層な話ではありませんし、心理状態を分析しているわけではありあません。ただ、その時間はどうだったかなあと、自分が書いた文字を見ながら思い返すわけです。「○○と会議」とか「△△の修正」とか味気ない文字が並んでいるわけですが、この日とあの日は同じ事をしても同じ事を同じ気持ちでしていなかった可能性もあります。思い返す時のきっかけでしかありません。ただ、書き殴るように書いているときも、丁寧に書いている時も、それをそうさせているのは自分の心理状態ひとつです。そうした微動する心理を一週間という単位で俯瞰することがまさにウィークリーページの役割だったりするのです。

 

やんややんやと書いてきましたが、ウィークリーページの使い方についてはただ一点、一週間という時間の積み重ねの中で自分がどのように揺れ動いたかを捉えられるような形にしていきたいのです。それをまずウィークリーページで実践しようと。他に方法があればそちらでも実践して、うまく運用していきたい。実に難しいですけれど。微細なズレが積もり積もって心が爆発する仕事ですから、注意していきたいのです。

 

 

私のほぼ日手帳カズンの使い方 ー 2012.04.03版 - なんかカラフルな生活

私のほぼ日手帳カズンの使い方 ー 2012.05.19版 - なんかカラフルな生活

私の ほぼ日手帳 カズン の使い方 ー 2012.06.19版 - なんかカラフルな生活

 

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。

広告を非表示にする