ノート(モレスキン)のバックアップ、その価値と可能性

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積もり積もっていくノートの山(私の場合そのほとんどがモレスキン)を見て、はてどうしたものかと思うようになったら、それこそ情報の”蓄積”を身を持って体験しているのだなあと思うのです。その蓄積に対する悩みというのは実に知的で、実に喜ばしいことなのですが、その蓄積を一体全体どうすればよいのかひとつ頭を捻らせてみようかと思うのです。

 

何の話かといいますと、ノートのバックアップについてです。”ノートのバックアップ”、これについて考えもしなかったという方も多いのではないかと。私にしてみればノートに書き込まれた情報というものを別の形で保管しておくということに、心血を注いで取り組んでいきたい所存なのでありますが、いかんせんいい方法が思いつかない。いい方法が思いつかないといっても、日々ノートへの記入は続いていきますので、早いうちに仕組みを作り上げておきたいのです。では今現在私が行なっているその方法が何かというと、実に簡単な話です。

 

 ”すべてのページを写真に撮ってEvernoteに送る”

 

簡単です、めんどくさいと思わなければ。なにも難しいこと突飛なことはしていないのです。スマートフォンと、Evernoteのアカウントさえあれば実行可能。ただ、これを行うには私なりの意味付けというものがあってのこの単純な方法であったりします。

というのも、まず私がモレスキンに書き込む(書き込むと書く時点で言うことが決まってしまうのですが)モノというのはすべて文字です。写真やその他の紙がモレスキンに挟まれることは1%程度で、99%は頑なに文字なのです。よくもまあここまで文字尽くめのモレスキンを脈々と作り上げ続けたもんだと。とはいえ、これも少数派ではないと思います。基本は文字なのです。

 

写真やモノ、その本物の手触り、それがそこにあるということに絶対的な価値があることもありますので、一概に「写真に撮っておけばいいんだ!」とは言いません。しかし私の様な使い方をするのであれば、「そこに書かれている内容」にも重点が置かれますので、それが写真であっても読み取れるように撮ってEvernoteに保存しておくというのは、物として目の前にあるのと”ほぼ”同じような状態となります。ここで”ほぼ”と囲ったのは、紙に染み込んだインクというモノが、頭の奥底の記憶を掘り返すという摩訶不思議なことが起こるときがあるからです。これはもはや理論や仕組みを超えていて、物としてそこにあってくれないと困ることですし、それをEvernoteに保存された写真で再現する方法なんてことをわざわざウンウンと考える必要もないのです。

では具体的になにをしているのかというと、ひと月の終わりにその月に書き込んだページを1枚1枚写真に撮って、Evernoteに送ります。それらの写真はモレスキンに割り振った番号と写真を撮った日付をタグ付けし、保管しておきます。たったこれだけ。なんら難しいことはしていません。

 

ここで”ノートのバックアップ”という話に戻ります。

紙に書いた文字は唯一絶対であり、その紙がインクを吸い込んでしまった以上、全く同じ物を別のところに再現するというのは難しいことです。写経のように全文書き写せば良いとか、コピーを取れば良いとかありますが、私は書いたモノ書かれたモノというのは、物として唯一無二である方がよいと考えます。結局のところ、それを書いたという偶然であったり必然であったりを、ありのままに残しておきたいのです。

しかしまあ、それではリスクが伴います。「失くしたら?」「落としたら?」「燃やしたら?」「濡らしたら?」そういったリスクは物としてそこにある以上は、絶対につきまといます。だからといって金庫にしまっておけばいいかというと、それも違う気がする。物としてそこにある以外に、”物としてそこにあっていい状態”を作れないかと。それが上記の方法なのです。

 

まず自身の心持ちとしては、「Evernoteに今まで書いてきたモノすべてを写した写真が残っている」となります。物の喪失は避けられないにしても、書き記した思考は消えてないという安心感についてはもはや言うまでもありません。また、タグ付けをして分類していますので、Evernote上で巨大なモレスキンライブラリーを構築することが出来るのです。これは結構凄いこと。今までの記述の全てがそこにあるという状態を創りあげようとしているのですから。ここにはどんなデバイスでもアクセス可能です。

 

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最近では、写真のようにnexus7という7インチサイズのタブレットで過去のノートを閲覧したりということを試しています。所有するデバイスでEvernoteを閲覧出来る以上どれでもいいのですが、何にせよ実に快適なのです。過去の思考に簡単にアクセス出来る(贅沢を言えば完全な形で記述内容の検索まで出来たら良いのですが……今の状態では”過去のノートを読み返すことによって起こる偶然の何か”に期待していたりします)。

 

私にとって”ノートのバックアップ”をとるということは、紛失に対するリスク回避以上の意味があります。モレスキンというノートが、その物自体が、その名の通り積み重なっていくということは、イコールでそれだけのことを考えた(それだけのことを考えるだけ時間を投下した)ということなのです。その資産を私は一片足りとも無駄にしたくはないと考えます。それ故、”ノートのバックアップ”をとるという発想が生まれてきますし、それは過去の自分の成果を尊重し、また将来の自分への期待の証であったりするわけです。

 

今回の話は完全に”1枚1枚の紙が束ねられている物”つまりノートブックというものを使用している場合という話ではあります。それは「”紙にインクが染みこむ”=刻みこむような記録」という(現段階での)デジタルデバイスでは再現できようもないことをやってのけるノートブックの特殊性、それゆえに難しくなる記録の活用とリスク回避の方法への追求であったりします。難しい言い方ですが、要は「その記憶、大切にしろよ」ということなのです。ああ、こういうこと考えて実行することはなんと楽しいことなのか。

みなさんは紙のノート、どうしていますか?

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。