摩耗するぐらいだったら、仮説思考で素早く仕事を回す

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photo credit: ianmunroe via photopin cc

 

仕事をしていると、他者からのプレッシャーや自分で課した責任によって、いかんともしがたい状況を生み出してしまうということがよくあります。例えば、資料か何かを作成するときなど、「完璧にして提出しないと怒られる」とか「何度も訊くと呆れられてしまう」云々考えがちです。特に新人ともなると。

当の私もそのようなことを考えがちで(人に会話するということがちょっとしたハードルであることも含め、人に質問しづらい)、自身が手がける作業の区切り、目処というものが自分の頭の中で一向につかないのです。

そうすると、「良くしなきゃいけない、頭を使って良くしなきゃいけない!」と考えだして、作業が進みもしない「作業の終わりを自分で決められない」消耗戦に突入していくのです。

これも苦労、若いうちは苦労しとけよと声が聞こえてきそうですが、確かにそれはそうですし否定はしませんが、 当の本人からしたら、先人たちが編み出したよりよい方法を初期の頃から練習できるに越したことはないじゃないかと思うわけなのです。

 

1週間かけて調べて詳細な企画を立てる「網羅思考」よりも、間違ってもいいから30分で仮説を立てて半日で検証し改善し続ける「仮説思考」の方が、短時間でよりよい結果が得られる、という話:永井孝尚のMM21:ITmedia オルタナティブ・ブログ

 

 

ITmediaオルタナティブブログに掲載された2012年1月15日の記事です。

ここには「網羅思考」と「仮説思考」について書かれています。

 

あらゆる状況を把握し、その分析結果をベースに組み立てるのが「網羅思考」 一方で、間違ってもいいから仮説を立てて、検証をするのが「仮説思考」 via: 1週間かけて調べて詳細な企画を立てる「網羅思考」よりも、間違ってもいいから30分で仮説を立てて半日で検証し改善し続ける「仮説思考」の方が、短時間でよりよい結果が得られる、という話:永井孝尚のMM21:ITmedia オルタナティブ・ブログ

 

前段に書いた私含め新人にありがちな「作業の終わりが自分で決められない状態」をこの網羅思考というものに当てはめてみると、さらにタチが悪くなってくるのです。

当の本人は、より良き方法(上司に嫌な顔されない結果を生み出すための最善の方法)を考えに考えて作業をしているわけですが……。結果としてそれが網羅思考と呼べるような方法だったとしても、そこに投下されたリソースは決してすぐに取り戻せるものではないでしょう(作業の結果、代え難い充実感を得たのであればまた別ですが)。

 

さて、この話の流れから考えるにどうやら新人の場合は「仮説思考」の方がいいのかもしれないということになってくるでしょう。私も働き始めてまだ間もないですが、これについては”恐ろしいほどに”実感しています。

私個人の環境での話になってしまいますが、私の作業場所と、私の作業結果を承認するひとの在籍場所が建物どころか別の場所にあるのです。とすると、机一つ先にすぐに聞きに行くなんてことが夢のまた夢となります。さて困った。誰かが声をかけない限り、私はわたしの机で延々と終わらない思考の沼地に沈んでいくことになってしまいます。

これは私にとって心象よろしくない事態を引き起こすことになりますし、なによりも嫌なのはせっかく家に帰っても、消費した体力知力精神力その他諸々のリソースを回復させることを優先しないといけなくなり、もはや”ぼーっと”していることでしか家ですることがなくなってしまうこと。さも、前述したことが原因のすべてであるかのように書いていますが、何にもまして心象よろしくない事態を仕事で起こすのは回避したいのです。

ちょっと話が逸れましたが、では、新人が仮説思考で仕事を行なっていくにはどうしたらいいのかということです。これは大層な話ではなく以下3つを可能な限り速いペースで繰り返していくということです。

 

①短時間で区切る

②識者に確認する

③すぐに修正する

 

言っていることは簡単ですね。やることはそれぞれの状況によって変わります。どれかが状況によって難しくなってしまうということもあるでしょう。もちろん、間違ってもいい。間違ったら、次のステップにすぐに進む。この3つをリズムよく回していくことに慣れてしまうと、あるときから”仕事がうまくいっている”と思えるような手際の良さを感じることがあります。

それも先人との経験の差を見てしまったら、新人の戯言。ただこの小さな成功体験を早いうちに積み重ねることが、体力知力精神力その他諸々を過剰に消費する状態から抜け出し、”余裕”を生み出すことに繋がるのです。

早くに答えが出せない熟考しなければならない問題もあるだろうという問いに対しては、長期に渡る作業もちょっと先のことを考えてみると、実はこのサイクルを回して回して大きな円にしているということがあります。結局のところ投下する作業時間の違いであって、中身は繰り返しなのです。

 

こう書いている当の本人も、”テンパッてしまう”とこの3つサイクルを忘れて、頭の中で叫びながら手だけ動かしてしまいがちです。新人が異常なまでに体力知力精神力その他諸々を言われるがままに過剰消費していくさまを見ると「それも経験だ」などと言っていられないと思えてくるのです。今回のようにちょっとした考え方の規範を頼りにした結果、事態の改善ともなれば幸いです。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。