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その箱開けただけですか? ( #ブログ合宿 での記事)

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photo credit: John Biehler via photopin cc

 

ある製品についてブログを書く上で、自分の中にひとつの指針を持っています。それは例えばとある製品について、速効性のある記事を書くときは細心の注意を払うということ。これはある人がブログというものに文章を書いていくにあたって、どちらに振れるか、また中庸をいくかという指針になるかと思うのです。そうすると、自分のブログを方向付けるひとつの基準になるのかなと思うのです。

上記の「製品についての速効性のある記事」ということですが、回りくどいことを言わなければ要は最新商品に対するレビュー記事です。なぜそう書かずに「製品についての速効性のある記事」と書いたのかというと、レビューというものがあまりにも多様化しすぎていて、自分のなかでも整理がつかない状態になってしまっているのです。さらにこのレビュー記事も、あるひとつの特殊な記事を生み出しています。考えていきたいのは「いわゆる”開封の儀”とその後」についてです。

さて、考えましょう。

 

最近Googleが日本での販売を開始した(2012/09/25より)小型タブレット端末”Nwxus7”を買いました。とても魅力的な製品です。この記事を書いている時点では絶賛”配送中”でまだ手元にはないのですがね……。さて、そういった魅力的な製品を手にした時、ブログを書くことについて考えるのは「レビュー記事を書こう」ということ。

しかしここで頭を過るものがあります。前述の「開封の儀」と言われるもの。

記事にする(これについていえば読者に対してニコニコといい顔をする)前段階での本心を言うのであれば、「誰の手元に届いても箱の中身は同じだろうよ」という思いがあります。知りたいのはその先、その製品が百万通りのユーザーの手を動かした時のこと。それが知りたい。それゆえ、「開封の儀」を行ったユーザーならば、その製品を自分の手で、自分の頭で使っている様を見せて欲しい。何を思い、どう使うのかが知りたい。そう考えるのです。

そこで、私はある製品についての記事を書くときはすでに開封済みとしています。記事にするときはもう使ってしまっているのです。ソーシャルで起こる「買ったんだ、へー」という感想のみに記事が流れ流され、ストックされることないのであれば、それはそれで悔しいことでしょう。だって、こんなにも魅力的な製品を手に入れたのですから。

ここまで書いて思うのは、開けたなら使ってみましょう、というただ単純なひとつのこと。今後はちょっと”そういう”眼で数多あるブログを読んでみようかなと思います。心のなかでひとつ問いかけてみたいのです。

 

 

その箱、開けただけですか?

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。