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【SHF】本を片付ける最中に本を開いてはいけない(後編)

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「あんなに怒らなくてもいいのになあ」

 

研究所の中庭で、ルリはひとり腕を組む。

研究室の床に穴を開けてしまってからというもの、どういうことだどういうことだと方々から尋問に合い、その対応をしていて気がつけば陽が暮れつつあった。

よくよく考えてみればこの事件、自身の研究室に本という本を溜め込みすぎたことが問題である。その重さに耐えられなくなった床がついに抜けた、という”だけ”の話なのだ。なにもそれを研究所中の笑い者にしなくてもいいものを。

ルリは髪の毛先を指でねじりながらふくれっ面になる。

隣の研究室よりも数百冊多かっただけの話ではないか、と主張したところで無駄であった。この事件において問題とされたのはその本の冊数のことであって、その主張が認められることなど万に一つありえなかった。それに本当に数百冊なのか甚だ怪しい。

しかし、散々注意を受けたもののひとつだけ”施し”があった。修復費だなんだと小言を言われた後に、ひとつ空き倉庫を与えられることとなったのだ。それは、大騒がせであるもののルリ=ハーレンという”奇才”に対する理解でもあった。

だがこれで問題は解決するのだろうか。空いていた長椅子に腰掛けたルリはあごを触りながら思案する。研究室にあるすべての本を貸し与えられた倉庫に押し込んで、果たして事が済むのだろうか。

研究室は人ひとりが生活、研究活動をするに十分すぎる広さを持っていた。縦長であり、窓はひとつ、ドアひとつ。研究机がひとつに、応接用の足の短い机がひとつ。椅子は複数置かれており、部屋の側面には本棚が設置されている。本や書類の収納も十分すぎるほどである、一般的な研究者の研修室にしてはだ。

ただ、ルリの場合は違った。まず本棚がところどころ見えない。本棚の前に積み上がった本が壁となっているのだ。そして、応接用の机など当の昔に撤去されており、そこには机の代わりと言わんばかりに本が敷き詰められている。椅子はもちろん人が座るためのものではなく、本が座るためのものだ。

そんな状態の研究室をそっくりそのまま、別の場所に移したところで、この問題は解決しないに違いない。なにが足りないのだろうか、むしろ”なにかが有り過ぎる”あの研究室に何をもたらせばいいというのだろう。

 

「……秩序?」

 

ルリはそう呟くやいなや立ち上がり、一目散に駆け出した。 

 

 

 

 

「助手くん! 助手くん!」

 

研究室に足早に戻ってきたルリは、研究室の床をぶち抜いた原因でもある本の山を研究室の外に運び出している助手を口早に呼んだ。

 

「なんですか?」

「折り入って頼みたいことがあるのです!」

「はあ……?」

 

気のない返事をする助手を引っ張るようにして研究室のなかに連れ込むと、ルリは椅子にどかりと腰掛け、適当な紙を引っ張りだした。サラサラと何かを書きつけるルリの手元を助手は覗きこむ。

 

「だから、いったいなんですか?」

 

そう問いかける女子を見上げるとルリは「秩序」と一言。助手の質問の回答に全くなっていない。

引っ張りだした紙にルリが書き殴られたものは、線で描かれた複数の四角とそれらを結ぶ線であった。その線はところどころ矢尻があり矢印となっていた。訝しむ助手を横目にルリは書き込みを続けた。紙の最上部には”研究室を壊さないための方法”と書かれていた。

 

「いよいよ、本を片付けるのです。ただ本を片付けるだけでは済まないので、これから読むであろう本についても考えるのです。ここに書かれた処理に従って本を片付けていくのです」

「へえ……」

「まずですね、助手くんが持ってきてくれる本を」

 

ルリが紙に書き記した四角を上から指でなぞる。

 

「”倉庫に置きに行きます”」

「私がですか?」

「そう、研究室に持って来ないでまず倉庫に置くの。そこで助手くんはその”変態的”な几帳面さでどんな内容の本か、いつ届いたのかを、ひとつ残らずこれに書き記します。あっ、書き終わった本は綺麗に並べといてね」

 「”変態的”だなんて褒めてくださってありがとうございます、ルリさん」

 

助手はそういうと、ルリからポケットに収まる大きさの紙束を受け取った。

 

「あとその紙一枚にひとつの本のことを書いてね。じゃないと、何がなんだかわからないから」

「もしかして、この紙だけ研究室に持ってこいってことですか?」

「そう、正解。すばらしい」

「この研究室に本を持ち込まないということですか?」

「何を言っているのさ。それじゃあ本が読めないじゃないですか」

「そんなこと言われなくてもわかってますよ。この紙を集めてどうするんだってことです」

「新しく倉庫に置かれた本が書かれたこの紙の束を毎朝、助手くんから受け取ります。私がお願いする本は日によって量が変わるでしょう。で、私は受け取ったその紙をここに入れておきます」

 

ルリは机の上に置かれた小物入れを指さした。助手が手にしている紙一枚を縦に差し込むに丁度いい高さと奥行きであった。

 

「ここにある数枚の紙が即ち私が頼んだ本。本についてのことはぜーんぶここに入ってくることになります。私は日々、新たな本を読んでいます。でも実はそれはいま”最も優先すべき研究についての本”か、”そうではない本”かに二分されています。私はこの研究室に前者、”最も優先すべき研究についての本”を置きたいのです」

「ルリさんがもっともらしいことを言うとなんか気持ち悪いですね」

「”気持ち悪い”なんて褒めてくれてありがとう、助手くん。それでどうやって”最も優先すべき研究についての本”を選別していくかというとですね。一回参照するごとにこの紙の下の方に印をつけます」

 

ルリは紙にいびつな形の丸印を書き込んだ。

 

「手に取る回数が多い本ほど重要な本という考えですね。一冊一冊これは重要か重要でないかなんて倉庫で考えたくはないので、今から印をつけていくのです。それで、この印が多いものをさらにこっちに分けます。こうすることで、いま私が研究しているものに必要な本。私が必要としている本だけがわかるような仕組みになっているのです。重要度の高い本たちをこの研究室に招き入れ、一区切りついたところで倉庫に帰ってもらう、それを繰り返していくという魂胆なのです」

 

どうだと言わんばかりのルリをみて、助手はひとつの疑問を投げかけた。

 

「でもこれ、僕が倉庫番みたくなってませんか?」

「そうです。私のとても大事な生産的な研究活動を支える重要な役割なのです。責任重大ですね。心してがんばりたまえ」

「ちょっと待ってください。しかもこれ、この処理が施されるのって新しく持ってきた本であって、すでに倉庫にある大量の本のことなんにも考えていないですよね?」

 

聞こえないと言わんばかりに立ち上がったルリは、わざと目をそらしただ一言「がんばりたまえー」と言った。”逃げる”ように研究室を出ようとするルリを捕まえ損ねた助手の手が宙を掻く。白衣の裾を尾のように見せてルリが廊下に消えた。

 

「あっ、そうそう」

 

ルリは開いた研究室の扉から、顔だけ出すようにして中にいる助手を見た。

 

「倉庫にも椅子と机を置いておいてね。やっぱ本がないと本は読めないからさ」

 

ルリはそう言い残して研究室前から姿を消した。

陽は沈み、魔術を応用して作られた外灯がぼんやりと夜闇を照らしている。

研究室に独り取り残された助手は、ルリに渡された紙を手にした。

困惑はするものの、結局のところこういった要望は”いつものこと”であった。

どうするものかと頭を掻く。研究室にいても事は始まらない、とりあえず本を運び出すために倉庫に向かわなければならない。

助手は研究室から出るついでに明かりを消そうとしたが、はたと気づいてルリの研究机に戻った。

机に無造作に置かれた本の中から一冊引き抜いて懐に抱える。それは助手が考えるに、ルリにとって”最も優先すべき研究についての本”であった。恐らくルリは新たに与えられた倉庫に向かっている。しかし、そこに無数の本があったとしてもこれが手元になくては彼女は夜を明かせない。

助手は研究室の灯りを消した。窓から差し込む月明かりが、机に積み重なった本の山を照らしている。

 

 

(終わり)

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

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