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【SHF】本を片付ける最中に本を開いてはいけない(前編)

 

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麗らかな陽が差し込む窓辺にて、彼女はこくりこくりと夢見心地でいた。

黒曜石のように艶やかな黒色の髪を、結い紐で結んで肩から前に垂らす。

その髪は緩やかな丘陵にかかり、呼吸に合わせてゆっくりと上下している。

陽は天頂を過ぎた頃、ゆったりとした時間が流れる。

彼女が身に纏う肌触りの良い白衣はその小柄な体格には大きめに作られており、余った袖は肘掛けに乗せている手のひらにかかっている。

長年座り続けた木製の椅子には、羊毛を詰めた厚手のクッションが敷かれている。

身ごと沈めると、その前までどんな気分であったとしてもたちまち心落ち着いた。

 

(ルリさんーーー!)

 

彼女の名を呼ぶ声が遠くから微かに聴こえる。

夢見の中、爽やかな風吹く草原にてこちらに向かって手を振り呼ぶようなそんな清々しさがあった。

夢と現実の境目を消そうとするかのように、時折室内に吹き込む涼風がレースのカーテンを揺らす。

 

「ルリ=ハーレンさん!!!」

 

怒号に近い呼び声とともに、扉を乱暴にこじ開ける音が耳に突き刺さった。

蝶番を弾き飛ばさん勢いで開かれた扉は、本の山をふたつみっつ崩壊させた。

その振動で、(自身の肘を置くことさえままならない)机のわずかに出来たほんと書類の隙間に置いたカップに溜まった紅茶の飲み残しがぐらんぐらんと波立った。

 

「注文していた本が届きましたよ、まったく! 助手だからってね、毎回毎回こんなことを頼まれていちゃ、身が保ちませんよ!」

 

あからさまにキリキリとした態度で、男性が入り込んでくる。

木製の床を踏みしめる音は、はやく起きろと言わんばかりだ。

”ルリ”と呼ばれた彼女は、寝ぼけ眼をしばつかせながら、ドカドカと部屋に入り込んでくる男性を見た。

 

「やあ、”助手くん”おはよう」

「おはようじゃありません!」

 

助手は手一杯に抱えた箱をどこに置くものかと思案している。

抱える箱の高さが顔まで達しており、端から見たらその箱が話しているようである。

 

「それ、頼んでいた本?」

「そうですよ、そうです!」

「ありがとう。これでまた研究が進みそうだよ」

「研究、研究って確かに我々の本職ですけどね! 読みもしない、捨てもしない本ばっか研究室に溜め込んでまったく!」

「ううん、読んでるよ。本は全部読んでるよ、ちゃんと」

「読んでも片付けないことが問題なんです! いくらね、魔術の研究を……しかも今さら役に立ちそうもない"古代魔術"の研究をしている変人なんてね、この研究所でもルリさんだけってなもんですよ!」

「なっ、変人とは失礼な」

 

しかし助手が言うようにルリが変人なのは確かだった。

ご多分に漏れずルリは”変人”なのである。

まず、彼女が専門としているのは、”古代魔術”だ。

この世界で広く知れ渡っている魔術というものが、この古代魔術を基礎として発展したものであるということは広く知られている。

古来よりその地を守る民族の口承を研究、体系化したものとして、現在この世界の多数を占める民族が爆発的に広めたものだ。

その研究はもはや古代魔術に習う段階を遥かに通り過ぎ、独自の進化を遂げたものとして確立している。

つまるところ、現代では古代魔術の研究は”古臭い”ものとして扱われてしまっているということなのだ。

研究者も年々減り、絶滅したと考えられている古代魔術発祥の民族とともにその古代魔術も廃れていくものだと。

ルリはその”古臭い”古代魔術の研究者の中だけでなく、研究者の中でも一際若い。

王立魔術研究所で日々魔術の研究に勤しむ数百の研究者のなかでも、齢二十歳にして個室とも呼ぶべき研究室を与えられる職に就いている者はこのルリだけであった。

巨大な城と城下町を持つ王都に生まれ、上流階級の家庭に育ち、なにひとつ不自由なく過ごしてきたルリが研修生としてこの研究所に入ったのは数年前のことである。

ルリが才覚の塊として頭角を現すことが出来たのは、他の追随を許さない知識に対する”偏執なまでの”追求であった。

その偏執さがルリを知識の塊に仕上げたわけだが、その偏執さに追いつけなくなったものは人だけでなく本の置き場でもあった。

与えられた研究室は瞬く間にルリの城と化し、城壁とも呼ぶべき本の壁が一夜にして建設された。

どこにそんな本を隠し持っていたのか、それをどうやって運び込んだのかと憶測が憶測を呼んだが、当のルリは何食わぬ顔で本を読むのであった。

 

「大変お若いのはわかりますが、研究室の片付けぐらいはやって欲しいものですよ!」

 

もちろんこの助手もルリより5つも年上であり、その関係を受け入れつつも”変人”の研究に付き合うことは至難の業であった。

いちいち語尾を強める助手に少々のいらだちを覚えたルリは、椅子から立ち上がり窓に寄った。

 

「でも、最近物騒な世の中だから読める限り本を読んでいたいのですよ。ほら、この前だって町が襲われたっていうじゃないですか。こうしてゆっくり本を読むことも、もはや望めないのかもしれないなんて……とても悲しいこと、ですよね」

 

窓の縁に手を置き、ルリは憂いた瞳で外を見た。

さもそれがこの安穏とした生活の終わりを予見するかのような言いっぷりだ。

ただそれはあまりにも誇張されており、それを”よくあること”として助手は片付けた。

 

「はいはい、そうですね。王都のど真ん中にあるこの大きな施設にのうのうと”本を溜め込んでるひと”の言うことじゃありませんね。だいたい物騒だといっても、片田舎の港町が魔物に襲撃されたってだけの話じゃないですか」

「襲撃されたってだけの話じゃないよ。”討伐隊結成の前日”に襲撃されたって話。これ興味深いですよね、まるで狙ったかのような……」

「前日だろうが後日だろうが一緒です。そういうことは王立騎士団に任せておくべきことで、日々魔術を研究する我々には関係ありません」

 

思案を始めようとするルリの話を遮り、助手は両手で支えた箱を木製の床に投げ置いた。

ドサリと大きな音を立てて箱は床に落ちた。

いつもならば埃が巻き上がって、助手はむせ返り、小言の一つをもらすのであった。

いつもならばだ。

しかし、今回は違った。

木を軋ませる音が研究室内で反響する。

ミシミシ。

直後、甲高い音が響き渡った。

 

――パキンッ!

 

誰しもその音を聴けば、木が真っ二つに割れた時の音だとわかる。

危険を察知した助手が後方に跳ねた瞬間。

木が割れる音を連鎖させながら、床が抜けた。

その穴は置かれていた本を飲み込み、下の階へと”吸い込んでいく”。

清掃をされずに堆積した埃が、盛大に巻き上がる。

下の階から悲鳴が聞こえた。

 

「うわぁー……」

 

埃の収まらない中、ルリはまるで他人ごとのように研究室に空いた穴を見る。

人が2、3人は簡単に入れそうな穴だ。

下の階に位置する、”綺麗好き”で有名な研究者の研究室が上から覗けてしまっている。

ホコリひとつなかったであろうその研究室が目も当てられない状態になっていた。

そのまま視点を隣に佇む埃にまみれた助手に移すと、悲愴とも絶望とも取れるような表情をしていた。

ただし、小刻みに揺れるその両手からは、鬼の如き憤怒の感情を見て取ることが出来た。

”これは怒られるぞ”、ルリの頭の中でこの文字が陽気に踊る。

案の定、血相を変えた人々がルリの研究室に飛び込んできた。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

  

突然始まる短編。

お片づけの話。

以前書いていたお話とつながっていたり。

(後編)に続きます。

  

 

※つながりのあるお話

【最終話】 

【SHF】可能性は行動しない限りには衰退していく(7 最終話) - なんかカラフルな生活
 

【6-3話】

【SHF】完璧など存在しない(6-3) - なんかカラフルな生活

 

 

 

 

【6-2話】

【SHF】完璧など存在しない(6-2) - なんかカラフルな生活

 

 

 

 

【6-1話】

【SHF】完璧など存在しない(6-1) - なんかカラフルな生活
 

【5話】

【SHF】役割があるからこそ理解する必要がある(5) - なんかカラフルな生活

 

 

 

【4-2話】

【SHF】最大効果のため信念を変えずに戦略を変える(4-2) - なんかカラフルな生活

 

 

 

【4-1話】

【SHF】最大効果のため信念を変えずに戦略を変える(4-1) - なんかカラフルな生活

 

 

 

【3話】

【SHF】重要なのは境界線ではなく、なぜ境界線を引いたのか(3) - なんかカラフルな生活
 

【2話】

【SHF】彼女は言った「この世で最も強い魔法は、貴様の行動に宿る」と (2) - なんかカラフルな生活

 

 

 

【1話】 

【SHF】討伐隊と、主体性の奪還 (1) - なんかカラフルな生活