習慣が長続きしないときは、続ける仕組みを整理する

 

習慣が長続きしない。

習慣化されることなく無残にも散っていく”やりたいこと”。

往々にしてあります。続かないのです、何事も。

しかし、こんなことはなぜ起こるのでしょうか。

やりたいと思っていることがなぜ続かないのでしょうか。

 「続ける仕組みの整理をする」これが対策だと考えます。

 

では、習慣化をするために仕組みの整理するとはどういうことでしょうか。

ちょっと考えてみましょう。

 

シゴタノ! 習慣を長続きさせるための3つのポイント

 

 

 

 

「長続きしない習慣をどうするか」このテーマについて多くの人が考え、多くの方法を採っています。

例えば2010年12月6日のシゴタノ!( http://cyblog.jp/modules/weblogs/ )にはこんな記事が投稿されていました。

長続きしない習慣をどう長続きさせるか、書き手の大橋さんのちょっとした工夫が記されています。

そのちょっとした工夫とは以下の3つ。

 

1. 摩擦係数を限りなくゼロに近づける

2. プロセスをブラックボックス化する

3. その2つをお金で買う

 

3は1と2の結果として行われることですので、ここでは置いておきましょう。

では、1と2について考えていきます。

1の”摩擦係数を限りなくゼロに近づける” についてはこう書かれています。 

 

例えばパーソナルトレーナーと一緒に走る、という約束を入れてみます。「約束を守る」という現実に対して「守りたい(裏切りたくない)」という気持ちを自然とかぶせることができるので、結果、走りに行くことができるようになります。 まず、現実と気持ちとの間に生じている摩擦を見つけ出すこと。次にその摩擦を解消するための新しい現実に差し替えること、です。via: シゴタノ! 習慣を長続きさせるための3つのポイント

 

 ”したい何か”とそれを”しようとする自分の気持ち”の歩調が揃っていない時、習慣化への歩みは止まります。習慣化しないものは大抵、「えいやっ!」で行うということが難しくなっているものです。この「えいやっ!」を難しくする摩擦係数、初めて行うときは初動摩擦とも言えますが、これをゼロに近づけるためにはどうすればいいのでしょうか。

記事には"新しい現実に差し替える"とあります。 

これは一旦置いておいて、次に2を考えましょう。

 

2の"プロセスをブラックボックス化する"とはどういうことでしょうか。

ブラックボックス化というと、まさに黒い箱であり、なかでどんなこと(処理)が行われているのかわからないことを指します。ただ今回はわからないのではなく、”気にならないようにする”という意味合いが強くなります。

このブラックボックス化について 、まずはこのように書かれています。

 

初めはつまらなかった仕事も、分かってくると楽しくなる、ということはあるでしょう。 とはいえ、あらゆる作業に楽しさを見いだすのは容易ではありません。 そこで、続ける作業にかかる手間とエネルギー(=面倒くささ)を減らす方法を考えます。 それが自動化。via: シゴタノ! 習慣を長続きさせるための3つのポイント

 

いきなりブラックボックス化をするというのは、訳もわかっていないものをあえてわからなくするというリタイア必須の行為です。 ですから、行おうとしていることに対して曖昧さに頭を悩ますことを捨て、手順を追えばそれが完了するという状態に持って行くのです。そのひとつが”自動化”なのです。

では、その自動化がなぜブラックボックス化なのでしょか。

 

この自動化がなぜブラックボックス化なのか? それは「どういう仕組みになっているかわからないが、とにかくこの手順で手を動かせばきちんと終わる」という状態を作ることになるからです。 これは、走りに行くのはイヤだけど、トレーナーと一緒に走ればいいのなら気が楽になる、のに似ています。 いずれもブラックボックス化することによって、余計なことを考えなくても済むようになるため、エネルギーの節約にもつながります。面倒くささが削減できるのです。via: シゴタノ! 習慣を長続きさせるための3つのポイント

 

ここで先の”新しい現実に差し替える”ということを踏まえると、差し替えた新しい現実に引っ張られるようにして行動が促される(余計に頭を悩ませず、行動に移せる)ということです。それを考えると、この”新しい現実に差し替える”ということは、「習慣化を妨げる、ボトルネックを解消すること」とも言えます。

  

新しい現実に差し替える””自動化ブラックボックス化”というキーワードが出ました。

このキーワードについて、古来から続かないものの代表格でもある「新聞の切り抜き」を考えてみましょう。「新聞の切り抜き」とはつまり、「気になる記事を切り抜いて、他の紙に貼り、保管する」ということを指しています。これだけ聞けば「なーんだそんなことか」ですが、そもそも「新聞の切り抜き」というものに対してそれが何なのかと考えたことなんてありませんでしょう。私もいま初めて考えます。

(でもよくよく考えてみると、私も続かなかったのです。就職活動中に日経新聞を切り抜いたりしていましたが、結局やめてしまいました)

 

まず習慣化を阻害するものに対して ”新しい現実に差し替える”余地がないか探ります。新聞の切り抜きが次第にただ理由もなく積み重ねていくという作業になってしまい、その価値が低くなったとき、そこに投入する時間の価値はむしろ高まってしまいます。その価値の高い時間をその価値の低い作業に捧げていいものかと思ってしまうのです。

ではこの場合、何を新しい現実に差し替えればいいのでしょうか。例えば……例えば何でしょうかね? こうして”新しい方法”を考えるのはなかなかどうして難しいものです。

切り抜く記事の「 テーマを持つ」というのはどうでしょうか。そのワンテーマに対して発表の場(ツイッターでもブログでも)を持つというのはどうでしょうか。強制力はどうあれ、何やら始めたという印象を周囲に与えることが出来るというのは、ただの切り貼りから新しい現実に指し変わっているとも言えます。

 

自動化”そして”ブラックボックス化”についてはリマインダーとチェックリストを作成するのが効果的でしょう。新聞の切り抜きを始めることに対して疑問を持たないようにリマインダーをセットし、その時間が来たら作業を始める。切り抜きをする基準を「明確な目的(テーマ)をもって行う」場合と「目についた面白そうなものを探す」場合とに分けてみるのもいいかもしれません。例えば明確な目的(テーマ)をもって行うとき、どんな記事を切り抜こうとしているのかチェックリストに書き出すのです。そうすると、「どの記事を切り抜こうか」「これを切り抜こうか、あれを切り抜こうか」「これは切り抜くに値するだろうか」などと、本来の目的(記事を切り抜いてどうするのか)から外れたところで、頭を悩ませずに済みます。

 

他にも切り抜きに必要な道具を一箇所に揃えておくということも習慣化には必要でしょう。無用なことに労力をかけるのは避けるのです。切り抜き用の道具を専用に揃えるのもありです(もしハサミやカッターが別のところにあったら、それを探しに行かなければなりません。しかもそれが頻繁に起こればその煩わしさが「切り抜きを辞める」という選択を後押ししてしまうかも知れません)。

 

習慣化というものはホイホイ出来るものではありません。ただ、習慣化を阻害するものを見極めるのはそれほど難しいことではありません。今回ご紹介した記事のように、ちょっとした工夫によって「曖昧さによるなんだかよくわからない面倒くささ」を取り除くことが可能です。何事も続かないのであれば、何事をも続ける仕組みを作ってみる。曖昧なものを、曖昧故にやめてしまうというのは至極もったいないことです。

何かを始めようとしている方、続けている何かが危うくなってきた方。

ぜひ一度、仕組みの整理をしてみることをおすすめします。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。