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【SHF】完璧など存在しない(6-2)

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苦々しい顔をした直後、彼女の身体の動きが鈍った。

全身が強張ったように見える。

この術は皮膚の硬度を一時的に高め、敵からの打撃に耐えられるようにするものであるが、一瞬だが筋肉を硬直させてしまう。

彼は気づいた。

それを動きの俊敏な敵の眼前で彼女にかけてしまうのは、自ら彼女を敵に差し出しているようなものだ。

 

剣を構える腕が下がった彼女の一瞬の隙を狙って、魔物が跳びかかる。

彼女は強引に身を捻ると左肩を飛びかかる魔物に向けた。

前足の鋭利な爪が彼女の左腕を捕らえ、鎧の左腕部が弾け飛んだ。

抉るようにして彼女の皮膚を裂く。鮮血が飛び、石畳を染める。

弾けた鮮血に彼女の左腕が赤く染まる。

声こそあげないものの、彼女の顔が激痛に歪む。 

 

その光景を目の当たりにし、彼は言葉にならない声を出した。

彼女の左手が力なく下がる。

右手のみで握りしめた剣を魔物に向けながらも、間合いを取る。

利き腕は守ったにしても、これではあまりに分が悪い。

しかし魔導士である自らが、前線に出るわけにも行かない。

手に持つ杖があったところで、これで魔物と渡り合えるわけもない。

全身から汗が吹き出し、彼は唇を震わせた。

即座に治癒の術を唱えるべきだが、暴走する彼の頭のなかでは正確な文言が浮かんで来なかった。

杖を持つ手が震える。

 

そのとき、広場に繋がる小道から別の足音が迫ってきた。

 

「どいて!!!」

 

彼は振り返る間もなく押しのけられる。 

後続のパーティの中にいたローブを羽織った女性が彼の前に出る。

この女性は魔導士か。

同じパーティの剣士ふたりがその女性を追い抜くようにして、魔物に向かって駈け出した。

この三人組のパーティは、偶然近くに居合わせたのだろう。

そして彼らの目の前で繰り広げられていたのは”介入せざるを得ない”危機的状況である。 

 

負傷する彼女さえも追い越し、ふたりの剣士は魔物の正面に立つ。

これは幸いと彼女は、後ろに飛ぶようにして魔物との距離を保った。

それを見て彼の前に立つ魔導士は、治癒の術を唱え始める。

その魔導士は彼よりも手練れた様子で、純白のローブの裾を跳ね上げると、一冊の本を取り出した。

彼が持つ杖と同じように魔導士が扱う道具の類だが、魔導士からすればそれはただの道具ではない。

人間が暗唱出来る文言には限界がある。

そのため、それ以上の詠唱を必要とする術はこうした魔導書を用いることになる。

 

魔導士は該当のページを一発で開くと、口を止めることなく詠唱を行う。

一息で長文の呪文を唱え切る。彼には到底真似できない芸当だ。

書に書かれた文字をなぞる魔導士の指先に、白い光が集る。

白い光をまとった手を負傷する彼女に向ける。

魔導士の手からその光が消え、彼らには背を向け魔物との距離を保ち続ける彼女の左腕を包みだした。

彼にはこの術の詳しいことはわからなかった。

しかし彼自身が扱うことの出来る術と比べてその光の強さ、また、その光が彼女の腕を包み込む様は、神聖なものを見るかのようである。

 

ところが彼女を纏っていた光が突然、砕けるように弾けた。

光が消えた彼女の腕からは、未だに脈打つように血が流れる。

魔導士のその術でも、流血は止まることはなかった。

 

「なんで効かないの……!」

 

魔導士の女性が絶句する。

魔導士が唱えた術は、高度な技術を必要とするものだということは彼にもわかる。

高度な魔術は、必然とその治癒効果も高くなる。それが一切、彼女には効いていない。

こんなことはありえないはずだ。

 

手汗が止まらない。どうしろというのだ。

彼女の盾になるように魔物と対峙する剣士。

魔導士は他に策はないかと魔導書をめくる。

魔導書のめくれる音、魔物の唸り声、剣士が地を踏む音。

 数々の音が交差する広場に立つ彼の耳に、ひとつの声が突き刺さる。

 

「ーーーーっ!!!」

 

彼女が、彼の名を叫んだ。

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
 
 
 (6-3)に続きます
 
 

※前回までのお話

  

【SHF】完璧など存在しない(6-1) - なんかカラフルな生活
 

【SHF】役割があるからこそ理解する必要がある(5) - なんかカラフルな生活

【SHF】最大効果のため信念を変えずに戦略を変える(4-2) - なんかカラフルな生活

【SHF】最大効果のため信念を変えずに戦略を変える(4-1) - なんかカラフルな生活

【SHF】重要なのは境界線ではなく、なぜ境界線を引いたのか(3) - なんかカラフルな生活
 

【SHF】彼女は言った「この世で最も強い魔法は、貴様の行動に宿る」と (2) - なんかカラフルな生活

 

 

 

【SHF】討伐隊と、主体性の奪還 (1) - なんかカラフルな生活

 

 

 

 

 

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