”情報”の再定義(意味付け)とそのためにまず必要なこと #tunakan1

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7月22日(日)に「繋がるカンファレンス」(通称ツナカン)というイベントに参加してきました。

 

7月22日 繋がるカンファレンス(東京都)

 

 

 

 

 

例によってイベントレポートという形ではなく、そのイベントで考えたあれやこれやを書いていきます。

 今回のイベントで私が考えたことは「”情報”の再定義(意味付け)とそのためにまず必要なこと」です。

 

 

”情報発信”において、個人レベルで必要になりつつある戦術戦略。

それはこのブログという手段についても言えて、例えばアップル製品についてブログに書くぜ!という方は”超レッドオーシャン”(もはや血の海であろうその海)に身を置くわけです。

ただ誰しも胸のうちに告白性を持っているし、注目されたいと思うもの。

しかしその欲求が高まるに連れて、担ぎ手のいないお神輿に乗ってしまい、やれPV数だ、やれRSS登録数、やれ記事数を増やせと囃し立てる。

独り神輿をわっしょいわっしょいしたあと、周りを見渡して自分はなにをやっているのかと神輿を降りる。

そういうことが往々にして起こりえるのです。

戦術も戦略も存在せず、ただ”情報”を撒き散らすだけだとしたら、そこになにがあるのか。

ここで、”情報”を再定義しましょう。

 

”情報”という言葉は、あまりに多様な意味を持ちすぎています。

冷蔵庫に貼られたお母さんの買い物メモも、高尚な思想を書き連ねた本も”情報”という言葉の前では恐ろしくも平等なのです。

ああ、くわばらくわばら。

では、ことブログという手段において”情報”は、どのような定義が出来るのでしょうか。

 

定義するとはいえ、それは自分で自分のために行う意味付けに他なりません。

多様な意味を持つということは裏を返せばどんな意味さえも持たせることが出来るということにもなり得ます。

自分自身がその”情報”という言葉にどんな意味も持たせることが出来る点では、ちょっとしたことで意味付けができるのです。

 

発信する情報にそれぞれ意味を持たせるには、その意味を発生させる源を持つことです。

そしてそれは情報発信するための設計図でもあります。

設計図を作るためにはまず、自身が発信するものの概要を”ことば”にします。

ひとつの言葉(単語でも文章でも)として表現する事です。

これは情報を発信する上で表層には現れないもので、読者には全く見えない部分です。

また、自分が発信するもの”情報”が何であるかというものを定義することと直結します。

特にこれは”ミッションステートメント”とも呼ぶことができます。

理念といった大層な言葉で表すこともできますが、ここでは発信することの概要を書いておくことであります。

自分が発信する情報はどんなものか、その設計図を手元に持っておきましょう。

 

つぎに、”メンテナンスする”ことです。

設計図を持つことは、それを創りあげる過程において必要になりますが、ただその設計図には修正が入り、常に変わり得ます。

額縁に飾られた言葉で終わるのであれば、飾っているだけで良いのです。

定期的に見返すということ、それが自分の発信する情報の方向とその修正に繋がります。

 

上記2点、とても基本的なことではありますが、情報発信をする、自分が発信するその”情報”について考えていくうえで特に重要です。

 
 
  
それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。