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【SHF】役割があるからこそ理解する必要がある(5)

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その夜は、いつになく蒸し暑かった。

肌にまとわりつくような湿気。

ただ時折、その湿気をさらうような冷風が吹く時があった。

彼は寝苦しさに何度も寝返りを打つ。

その度に軋むベッドの音を何度聴いたかわからない。

 

見上げる天井には木目が不規則に線を走らせており、今まではそれをただ眺めると何とも言えない不安に駆られていた。

怒涛の日々を過ごした彼にしてみれば、討伐隊の申込書を手に躊躇していたあの日が遠い昔に思えてしまう。

今まではこうして夜な夜な宿屋の天井を眺めては、代わり映えのしない明日がくることにうんざりしていた。

しかし、あの集会場での一件があって以来、明くる日に不安を覚えることはなくなった。

不安がないというより、不安を抱く暇がなくなったという方が正しい。

 

彼はまたひとつ寝返りを打つと、部屋に唯一設置された窓から夜空を眺めた。

宿屋の2階、突き当たりの角部屋が彼の部屋だ。

月は雲に隠れ、ほんのりと町を照らすのはランプの灯りであった。

 

寝苦しいから眠れないのではないことは、だんだんとわかってきていた。

というのも今や彼の頭の大半を占めているのは、今もなお謎の塊でしかない彼女のことであった。

偶然の成り行きとはいえ、彼女が彼の目の前に現れたことは奇跡とも言える。

彼の人生中で彼女ほどの強烈な印象を与えるような人物はいなかった。

それがあれよあれよと彼を巻き込んで行き、終いにはこの討伐隊参加におけるパーティを組むことになってしまったというのだから。

 

なぜ彼女は見ず知らずの者をこうも強引に巻き込むことだが出来るのか。

それがなぜ、あの集会場という場で一番冒険者らしくない”湿気た顔”をしていた自分だったのか。

 

ただ謎である彼女も、剣の腕が立つことは身をもって体験している。

戦闘時となるとさらに攻撃的な行動を見せることもわかっていた。

これまでの彼との"訓練"においてもその様を彼に見せつけることがあった。

その殺気はまるで、人間ではない、むしろ"魔物かなにか"のような異様な空気を生み出していた。

 

戦闘における力比べに精を出す屈強な男衆の中で、彼女の肉体のバランスは優良であった。

戦闘を生業とする者が多い冒険者の優劣は、腕っ節だけで比べるものではない。

戦闘時において彼女の身のこなしの軽やかさは群を抜いていた。

軽やかな身のこなしで栗色の髪をなびかせながら大地を駆ける彼女の後ろを追いかけ、彼女が一息ついたときの紅潮した頬をみるのもそう悪くはない。

さらに言えば、それを可愛いと思わないわけでもない。

 

ふるふると首を振って、邪念を打ち消す。

そんなことを一言でも言おうものなら首がはね飛ぶ。

彼は進みに進んだ思案と妄想を綺麗に流すため、水の一杯でも飲もうかと起き上がった。

 

 

 

その時だ。

 

 

 

けたたましい警鐘が鳴り響いた。

彼は思わず竦んでしまった。

頭をハンマーで叩かれたような振動が、彼の脳内を揺らす。

町の物見櫓に設置された鐘が激しく打ち鳴らされているのだ。

耳を突き破るような甲高い音がこれでもかと連続で響き渡り、その直後から宿屋の廊下が慌ただしくなった。

隣の部屋からは何かが床に散らばる音の後、荒々しくドアを開けて階段を駆け下りて行く音が聞こえる。

 

「なんだっ!?」

 

窓際に駆け寄り、外を見下ろす。

宿屋の二階から闇夜に包まれる町を見る。

松明やランプを掲げた冒険者たちが広場を目指して駆けていく。

これは、真夜中の光景ではない。

波のように押し寄せる人々は、誰もが物々しい装備で身を包んでいる。

その中に一人だけこの宿屋に向かって歩く者がいた。

彼女だ。

その姿を目にした瞬間、彼は無造作に置かれたローブを鷲掴みにし部屋を飛び出していた。

階段を踏み外しそうになりながらも駆け下り、宿屋の扉をこじ開ける。

扉を開いた先に彼女がいた。

彼女は扉が開くのを待っていたかのように、じっとこちらを見ていた。

 

「何なんですかこれは!」

 

開口一番彼女にそう問いかける彼を、開きかけた口をつぐんだままじっと見る。

彼女はしっかりと装備を着込んでいた。

例の黒塗りの鎧だ。

 

「……魔物が襲撃して来たな」

 

その飄々とした受け答えにめまいがした。

それは危機感のなさなのか、もしくは彼女からすれば”大した騒ぎではない”ということなのか。

彼女がいう敵襲であるとするならば、しかもそれが町中で起こっているのだとすればそうは落ち着いてはいられないはずではないか。

 

「どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!」

「……こういう時ほど、落ち着いていなければならないものだろう」

 

確かにそうだが、彼女はむしろ落ち着きすぎであった。

今起こっていることがさも当然かのような言いっぷりである。

 

「なあ、こういうときどうするのがよいと思う?」

 

彼女は落ち着いた声で彼に問いかけた。

 

「どうもこうも! 戦うしかないでしょ!」

 

彼女はちらりと彼を見た後、言った。

 

「……半分ハズレだな」

 

その答えに彼は眉をひそめる。

ハズレとはどういうことか。

もし仮にこの町が魔物もしくは何者かの襲撃を受けているのだとしたら、剣を抜くのが当然だろうに。

 

「腰に手を当ててみろ」

 

そう言われて彼はハッとした。

今までそこにあったものはもうすでにないのだ。

 

「ただ、それを掴んで来たことは褒めるとしよう」

 

彼女は彼の左手に握られたものを、くいっと顎で指した。

彼の手には魔導士用の杖が握られていた。

部屋を飛び出した時、ローブと共に掴んでいたのだ。

彼の使命はもはや、彼自身が剣を振るい戦うことではない。

魔導士となった彼が単独で戦うことなど叶わず、彼にとって戦うこととは常に彼女と共にあることになる。

彼は脳天から稲妻が走るように、この場における自身の役割を理解した。

そうだ、彼女とはパーティを組んでいるのだ。

魔導士である自分は彼女とともにあり、彼女が倒れないようにするのだ。 

 

「覚えろと言ったものは、覚えたか?」

「なんとか」

 

宿屋の部屋をわざわざ訪ねては、彼女は大量の本を置いて行った。

魔導士がその術を会得するための指南書だ。

彼が会得している治療系の術以外にも、多種多様、多岐に渡る術が存在している。

世界に存在するその全てを把握することはもはや不可能であり、ある程度体系化されたものもあるがそれでさえもひとつの基本に過ぎないのだ。

彼女が持ってきた本の指定の箇所、しかもわざわざ丁寧に紙が挟み込まれているその術を、討伐隊結成式まで頭に叩き込めと言うのだ。

毎日ランプの灯りを頼りに読み解いては、泥のように眠った。

その様な経緯もあり、彼が魔導士に転職する前に比べて彼の知識量は他の駆け出し魔導士並には増えていた。

急ごしらえとはいえ、彼の中にもパーティの中で魔導士として立ち回れるだけの技量は手に入れたつもりであった。

 

「さて……」

 

騒ぎが起きている広場とは反対の方向を見ながら、彼女は言った。

 

「親玉を潰しに行くか」

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

「理解してから理解される」

 

この原則に基づいた行動、ときにこの行為自体がストレスと感じるようなひともいることでしょう。

「なんでこんなやつのこと理解しないといけないのか!」と。 

ただ、すべての結果は自分の選択の跳ね返りです。

自身の役割を理解し、選択をする。

これがすなわち自分に返ってくる結果を良きものにする鍵なのです。

作中では、彼が”たったふたりのパーティ”において役割を理解すること、緊急事態が発生しているのであればなおさらです。

そして彼女を理解することが、このふたりの組み合わせで発揮される相乗効果を高めるかもしれません。

 

話も佳境に入って参りました。もう少々お付き合いくださいませ。

 

 

 

※前回までのお話

 

【SHF】最大効果のため信念を変えずに戦略を変える(4-2) - なんかカラフルな生活

【SHF】最大効果のため信念を変えずに戦略を変える(4-1) - なんかカラフルな生活

【SHF】重要なのは境界線ではなく、なぜ境界線を引いたのか(3) - なんかカラフルな生活
 

【SHF】彼女は言った「この世で最も強い魔法は、貴様の行動に宿る」と (2) - なんかカラフルな生活

 

 

【SHF】討伐隊と、主体性の奪還 (1) - なんかカラフルな生活

 

 

 それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。