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【SHF】最大効果のため信念を変えずに戦略を変える(4-1)

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翌朝、彼女は頼みもしないのに彼のところを訪ねてきた。

突然の来客に彼は困惑したが、なぜ彼女が彼の居場所をわかったかということは後にわかることとなった。

彼が集会場の例の受付嬢に聞いたところによると、居場所から何からすべてその受付嬢が彼女に吐いたそうだ。

彼はそれを聞いた瞬間、この町は彼にとっての安息の地ではなくなったことを悟った。

 

訪ねてきた彼女の装備は軽装具に変わっていた。

連日日差しが厳しいなかで、毎日毎日、重装備で歩くのはさすがに堪えるのだろう。

厚皮と布とを組み合わせて作られた防具は、肩と胸当ては皮で、それ以外は網目に縫われた紐と布で作られた簡素なものであった。

動きの取りやすい軽装具で立ちまわるということが流行りであり、彼女はその装備を普段着用しているのだろうか。

 

糸のほつれなどはなく、皮も丁寧に磨かれていることがわかる。

先日初めて会ったときに感じた威圧感は装備からは消えていた。

いかんせん黒塗りの装備をギラギラと輝かせていたときと比べるとあまりに質素で、身体の細さなども見て取れる。

肌は色白で、細身ではあるが華奢ではなく。靭やかな筋肉のついた健康的な体つきをしていた。

 

「なにをジロジロ見ている」

 

彼女がひと睨みする。彼は慌てて目をそらした。

彼女は麻袋をひとつ背中に背負っていた。

麻袋の口から”明らかに”練習用の模造刀と思しきものが飛び出している。

訝しむ彼に彼女は一言「今すぐ出かける支度だ」と。

予定は特になかったが、予定があるといって扉を閉めたくもなる。

閉めたら閉めたでドア越しに剣を突き刺してきそうで、もはや言うことを聞かざるをえない。

彼は渋々頷くと、用意をするから待っていてくれと言い扉を閉めた。

 

 

 

 

毎度のうだるような日差しの下、彼は彼女とともに町の外に出ていた。

同じく軽装具を身につけた彼は、じっとしているとじわりとかいてくる汗を拭った。

町の外には草原が広がり、初夏の風が草木を揺らす。

街道は遠くまでまっすぐ進み、木陰の下では2頭の羊が草を食んでいる。

 

「貴様が剣士の端くれであるというのなら」

 

そう言った彼女は背負った麻の袋をどさりと降ろし、2本の棒を取り出した。

屈んだ彼女の栗色の前髪が風に揺れている。

 

「ひとつ手合わせを願いたい」

 

2本のうち、1本を彼に渡す。

やはり練習用の模造刀であった。

刃はついておらず、稽古などに使用する練習用の刀だ。

彼は模造刀を眺めながら聞いた。

 

「真剣じゃないんですか?」

「真剣?」彼女が聞き返す。

「ええ。練習とはいえ討伐隊結成も近いですし、本格的にした方が……」

 

それを聞いた彼女はじっと彼を見てため息をひとつ。

つかつかと彼に歩み寄った。

何も言わず彼の目の前まで来た直後、胸ぐらを掴んで彼の顔を引き寄せる。

顔が近い。瑞々しく、紅潮したその唇からは全く想像がつかない言葉が発せられた。

 

「   貴様の腕、切り落とすぞ   」

 

初夏の陽を凍らすかのような声だ。

見上げてくる彼女の瞳孔が開いている。

強大な魔物に睨まれたかのような殺気が彼の心臓を貫いた。

彼は、言葉なく頷くしかない。

 

「貴様如きが私と真剣で手合わせしようなんて100年早い。まあ、始めるとしよう」

 

彼女は打って変わって明るい声を出した。

やるしかないがやったところで、勝てるわけがない。

となれば、歯向かうよりも立ち向かった方が身のためである。

彼は奥歯を噛み締めた。

 

「いつでもいいぞ」

 

彼女はそう言うと、お互い構えに入った。

風の音。

利き足に力を入れる。

踏みしめる土が硬くなっていく。

動くべきか、動かぬべきか。

 

(……行くしかない!)

 

彼は踏み込んだ足を蹴りだし、彼女の左方に飛び込んだ。

硬直状態が続けば続くほど、経験に勝る彼女が有利だ。

イチかバチかを狙うとすれば、このタイミングしかない。

剣先を下げ、飛び込んだ体の勢いのまま、右手に持った模造刀で空を切るように右方にいる彼女目掛けて斬り上げた。

が、そこにいるはずの彼女がいなかった。

模造刀が斬り上がるのと同時に彼女の体が左に流れていくのを捉えた。

 

(速いっ!)

 

彼女の体が彼の真正面に入った。

がら空きの胴体が彼女の前にある。

彼の模造刀をかわした身体の回転をそのまま利用して、今度は彼女の模造刀が大地を裂かんばかりの勢いで振り上がってきた。

 

(……クッ!)

 

かわしようがない。

彼の身体には、彼女を斬り上げようとする勢いが残っている。

彼女の模造刀が彼の胴体に触れた瞬間、その模造刀から勢いが消えた。

模造刀に彼の胴体が支えられる形になったあと、二人の動きが止まる。

真剣だったら胴体を真っ二つに切り裂かれていたところだ。

伸ばした右手に握られた彼の模造刀が虚しく震える。

 

「この場で奇襲を取るのは、策がないやつの典型だな」

 

彼女の模造刀に支えられるまま彼女を見ると、彼女は”してやったり顔”をしていた。

今の彼にはやるせなさしかない。

彼は息をひとつ吐くと、模造刀を地面に投げ両手を挙げた。

”降参”のポーズだ。

 

「どうした?」

「どうしたもこうしたも……いきなりこんなのを見せつけられて勝てるわけがない!」

「だろうな。だいたい私に勝てる方がおかしい」

 

それが勝った側の言い分かという言葉を、彼は口に出さずに飲み込んだ。

 

「だから言っただろう、為すべきことがわかってるのかと」

 

それがなんだというのだ。

彼は先日、集会場で彼女に言われたことを思い出しつつも反発した。

 

「わからないですよ、そんなこと言われても」

「私のような者が五万といて、五万と死んでいく世界だぞ?」

「それは……」

「まだ迷うならば、私から提案だ。貴様と私はこの依頼を受けている間は手を組んでいることになる。貴様にも私にも、最大限の効果がもたらされる選択をするべきだと思うだろ?」

 

彼女は腰に手を当て、キュッと口を結んだ。

今から吐こうとする言葉に力を溜めているようだ。

そして、こう言い放った。

 

「今から、"魔導士"になれ」

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
 
(4-2)に続きます
 

※前回までのお話

 

【SHF】重要なのは境界線ではなく、なぜ境界線を引いたのか(3) - なんかカラフルな生活
 

【SHF】彼女は言った「この世で最も強い魔法は、貴様の行動に宿る」と (2) - なんかカラフルな生活

 

 

 

【SHF】討伐隊と、主体性の奪還 (1) - なんかカラフルな生活