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【SHF】重要なのは境界線ではなく、なぜ境界線を引いたのか(3)

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 「ちょっと! 待ってくださいって!」

 

人波をするすると縫うように進んでいく彼女の背中を追いかける。

彼女に引ったくられた申込書がどうなってしまうのかなんて彼にも分かり切っている。

この勢いであるならば「この男も頼む」などと言って、カウンターに申込書を叩きつけるのだろう。

そうに違いない。

そうじゃないとしたら、彼女がなにをしようとしているかなんてさっぱりわからない。

 

「待てって……! 言っている……で……しょうが!」

 

大男に挟まれながらも前に進む。

睨み返されようが、弾き飛ばされそうになろうが関係ない。

一方彼女はといえば、あいも変わらずスルスルと進んでいき、ついにはカウンターの前に陣取っていた。

どことなく、群がる冒険者たちが彼女を避けていくようにも思えなくもない。

だから彼女はこんなにもいとも簡単に前に進めるのかもしれない。

彼の目には人ごみを器用に進んでいく彼女の背中が見えているのだが、彼女が何を言ったか言わずか引きつった顔を見せる者もいる。

 

彼がようやく彼女の背後までたどり着いたころには、受付嬢の一人が彼女と対面していた。

 

「あら、また来たの?」

 

髪を後ろで結う受付嬢が、親しげに彼女に話しかける。

その受付嬢はこの集会場を仕切る長であった。

年はわからないが妖艶であり、どことなく哀愁を漂わす言動に、そこら中の男から人気があった。

 

また来たのかという受付嬢のその問いかけに頷くと、彼女は申込書を差し出した。

その申込書を見て怪訝そうな顔をする受付嬢。

聞くよりも早く彼女は言った。

 

「この男も頼む」

 

後ろにいることがすでにわかっていると言わんばかりに、彼女は振り向かずに背後を指す。

 

「パーティーで?」

 

受付嬢がなおも怪訝そうに問う。

何かの冗談かといわんばかりだ。

 

「そうだ」

「あらあら、珍しい。そこの坊やと2人でいいの?」

「そうだ」

「まあ、あなたなら何ら問題はないわね。ちょっと待ってね」

 

そう言うと受付嬢は、カウンターの下へと身を屈めた。

すぐにひょいと頭が現れて、カウンターの上に何かを置いた。

何やら"お護り"のようである。

 

「これは、貴様の分だ」

 

カウンターに置かれた"お護り"のようなものを、後ろにいる彼に渡した。

慌てて受け取った彼は、手にすっぽりと収まった小さなそれを眺める。

中央に赤い結晶があり、それを翼で覆うようにドラゴンが模られている。

装飾品の一種でもあり、長い鎖を付ければペンダントの様でもある。

 

「第1期グレオリス地区討伐隊証」

 

不思議そうに眺める彼を見てか、受付嬢は言った。

そうか。

彼は唇を噛んだ。

実際に言われると重みが増す。

彼の手に握られるそれは確かに王国の証でもある金色のドラゴンと、永遠の炎を示す真紅の水晶なのだ。

それを受け取りつつも彼は言った。

 

「どういうことなんですか?」

「なにがだ?」

「なにがって、何勝手に申し込んでるんですか」

「それが、悪いのか?」

「悪いも何も、自分で決めてないし……」

 

カウンターに両手をついたまま、彼女はその細い眉をひそめて聞き返す。

 

「何をぬかしているんだ。貴様はなぜここにいる、と問うただろう」

「それは……」

「どうせこれから大事に悩むというのに、いまここで小事を悩んでどうする。ここまで来てしまった貴様に残された道はふたつにひとつではない。ひとつだ。その"趣味の悪い"討伐隊証を受け取ること」

 

彼女は翻って、また同様に人ごみをスルスルと進んでいく。

振り返ってみて彼は気付いた。そして血の気が引いた。

屈強な体躯の冒険者達が、物凄い形相で彼を睨みつけている。

「そこをどけ、くそボウズ」と言わんばかりにだ。

彼は引きつった笑みを浮かべながら、一目散に退却した。

 

 

 

   *

 

 

 

先ほどのテーブルに戻り、彼女はどかりと椅子に腰掛けた。

 

「……あなた一体何者なんですか」

「私か? 私は、人ごみを進むのが得意な冒険者だ」

 

彼女のはぐらかすような回答にため息がでる。

彼女と出会ってからまだ1時間も経っていないというのにこの有様だ。

だれに頼まれた訳でなく彼に突っかかって来ては説教をし、彼が頼んだ訳でなく申込書をあれよあれよと提出してしまった。

その獅子の如き人格と行動力は並外れたものがあるが、いかんせん全てのことが謎であった。

 

「私は何も隠してはいないぞ」

「そうとは思えませんよ。ただの冒険者とは思えない」

「では、貴様よりも少し経験のある冒険者だな」

 

これではらちがあかない。

 

「真面目に答えてもらわないと困ります。正体不明な人とどうしてパーティーが組めるというのですか?」

「……行きずりというのもいいと思うがな。この世界、そんなもんだろう」

「よくありません」

 

彼女は不服そうにすると、渋々と口を開いた。

 

「剣士」

 

そして、口をつぐむ。

彼女はとことんまで自身のことを話すことを避けるようだ。

この世界老若男女数多の冒険者がいる。

しかし彼女のように”少し”変な人もいる、ということも往々にしてあり得るのだ。

 

「そう言うのならば、まず貴様のことを聞かせてもらおうか。剣はどれくらいだ?」

「……1年です」

「まあ、問題ないな。他に?」

 

他には、と思い返せども、どれもこれも人様に言うことが出来るような華やかなものではなかった。

 

「医術を……少しだけ」

「医術? 治療系の術は使えるのか?」

「人並みには」

「上等だな。で、それは?」

「経験ですか?」

「そうだ」

 

よくよく考えてみると、医術には馴染みがある。

彼の父親は町の医者であった。

それゆえに、彼が幼少の頃より医術に触れる機会が多かった。

なんでもかんでも治してくれはしなかったが、父親がたまに見せてくれる治療系の医術は子ども心に不思議であった。

父親が何やら唱えると、ふわりとした光に傷口が包まれて、みるみる痛みが引いていく。

 

”魔術”というものが先住民の”秘技”であった時代は終わり、それらは解明され体系化された。

広く一般に使われるようになった今でも、”魔術”というものは不思議な力を持っている。

感じるのは超越した何かを成し遂げることが出来るような、そんな羨望である。

彼の父親も、医者であると同時に医学に分類される”医術系”魔術のなかでも人体の再生を担う”治療系”に長けていた。

しかしそのような父親を持ちながら、 彼はなぜ、ここにいるのだろうか。

 

「かれこれ……5年以上は……」

 

そう聞くと彼女は何を思ったか突然剣を抜いた。

鞘とこすれる小気味良い鋭利な音が響く。

 

「?」

 

不思議に思った彼はその切っ先を見た。

よく手入れが施された細身の剣だ。

鏡のように集会場を映し出している。

直後、彼女はその切っ先を、自身の左の人差し指の上で引いた。

 

「なにを!?」

 

割れた皮膚からとろりとした赤い液体が溢れ、彼女の指を伝う。

彼は慌てて彼女の手を握る。

精神力を高めるための言葉を簡単に唱えると(素早く唱えることが出来るように簡略化した詠唱で)、彼女の指先が白い光に包まれる。

触れる彼女の手の温度が少しばかり上がり、力を得た細胞が活発な動きを見せているのがまさに手に取るようにわかる。

彼女の手を離した彼は小さな布切れを取り出して、彼女の指についた血をふき取った。

 

「ほう……」

 

満足そうに自身の指先を眺める。

再生した皮膚は傷を埋め、完全に塞がっていた。

切り傷やかすり傷程度は、治療系の医術を会得しさえすればもはや誰でも治すことが出来る。

彼女のような経験のありそうな冒険者が大した興味を抱かなさそうな、当たり前のことである。

しかし彼女は実に満足そうな顔をしている。

 

「貴様、本当に己が何を為すべきかわかっていないな?」

「……え?」

「何を為すべきか、よく考えてみるといい。冒険者の間で言われる教訓があるだろう、『信念は変えるな、戦略を変えろ』と」

 

彼女はそう言うと立ち上がった。

 

「また会うとしよう」

 

彼女はそう言い残しては彼に背を向け、集会場を後にした。

討伐隊結成式は、あと5日と迫っている。

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

「重要事項を優先する」

 

自分にとって何が重要なのかなんて、わかりようもない。

それはそうです。

重要なことがわかっていたら重要ではないことなんてこの世から無くなってしまうのですから。

重要なことが見えるように教育をされてはいませんし、重要なことをやり続ける精神を鍛える訓練もしていません。

境界線のはっきりしない世界で生きているのです。

 

そこに1本だけすっと境界線を引くことをイメージしてみましょう。

ただ、それは線でしか無いので、分けた2つのものを簡単に境界線を超えてきます。

それはなぜそこに線を引いたのか、なぜそこに線が引かれるべきなのか、はっきりとしていないからです。

”はっきり”としないものを”はっきり”させるためには、なぜ”はっきり”させたいのか”はっきり”させる必要があるのです。

 

重要なことを優先するためには、このような線引き、そして線を引く理由が必要です。

でなければ重要なことを優先しようがないのです。

 

 

 

※前回までのお話

 

【SHF】彼女は言った「この世で最も強い魔法は、貴様の行動に宿る」と (2) - なんかカラフルな生活

 

 

 

【SHF】討伐隊と、主体性の奪還 (1) - なんかカラフルな生活

 

※大変喜ばしいことに、@yunokixxxさんが本シリーズのロゴを作成してくださいました!

 

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座っている椅子ごと飛び上がって家の屋根を突き破りそうな勢いでございます。

タイトルもない、登場人物の名前すら無いこのお話ですが、こうして誰からの創造性をふつふつと喚起させることが出来るというのは、記事を書いている当の本人も気が付かなかったところで。

こうして、作品がひとつ出来上がると、ブワアアアッ!とこみ上げて来るものがあります。

モノ書きたい欲求いうものは様々なことから湧き上がってくるものです。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。