【雑記】思考と行動は兄弟

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photo credit: galo/* via photo pin cc

 

”思考すること”

口で言うのは簡単ですが、実際にやってみようとすると気づきます。

「なにをしたらいいかわからない」そして「どうなればいいのかわからない」。

思考法や思考術と銘打って発売されるビジネス書は数多ありますが、手にとって読んでみると「なるほどそういうことなのか!」と合点して、読んだ直後からメキメキ思考力が増すなんてことはないのです。

たとえそれがマッキンゼーの方法論であってもです。

使い方を知っている、もしくは類似するような何かしらの事柄を知っているということが、これら思考法や思考術に対して合点がいくといことになります。

得体の知れない武器を使っても、それはただの荷物でしかないのです。

 

でも何かの解答を今すぐに求めたいときに、”思考法・思考術”の本を手に取る。

わからなくもないです、それを手にすればきっと良くないことが解決するかもしれないのですから。

 

しかし”考える”ということ自体があまりにふわふわしたものです。

それが差し迫った状況で行うとなると、自分で勝手に「解を出さないといけない!いけないんだ!」とルールを決めてしまうということはよくあります。このルールの下で得られた解答に最善なものがあったかどうか、うーん、私の場合はありませんでしたね。

 

これの何が厄介って、”思考する(考える)”ことよりも”行動した結果”を端から見据えてしまっているところなのです。

つまり、考えた結果がどんな解であるかよりも、考えたことによって(その解を元に行動するということをすっ飛ばして)こんな良い結果が出るに違いないということで頭がいっぱいなのです。

こうありたいが先行して、考えるだけでそうなれるという前提を置いてしまっているのです。

それが焦りのなかであればなおさらです。

 

考えた結果を、行動に移して、こうなりたい。

これらは順を追って成立するものです。

特に間を飛ばして達成出来るようなものではありません。

なーんだ、そんなことか。

そう思ってしまえるような簡単なことですが、先の思考術本を手にとって袖を涙に濡らす人ほどこの飛躍をしてしまっているものです。

 

思考は言わば行動の舞台裏。

華やかな活躍をしているひとの裏側には膨大な思考が積み重なっています。

”こうなりたい”があるのならば、思考と行動はふたつでひとつなのです。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。

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