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【雑記】ライフハックの初期衝動

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photo credit: kennymatic via photo pin cc

 

 なぜ仕事術やライフハックに興味をもつようになったか。それを考えると、”自己防衛”のためにというのが正しいのかなと。自分の心が壊されないようにするためというのは仰々しい話かもしれませんが、あながち間違いではありません。自分に限った話ではないのかもしれませんが、ストレス源に対してどう立ち回るか、それを考える糧となるのが仕事術やライフハックなのです。

 

 例えば感情のバイアス抜きに考えればどれもタスクとして横並びなのに、嫌なタスクはなかなか着手できない。感情のバイアスがあるから、やるやらないのふるい分けの他に、やりたいやりたくないの選別が発生してしまう。こうしたスタートの立ち上がりの遅さを自覚していました。やりたくないものはやりたくない。いまやらないんであれば、いまやらなくていい。そう考えてしまうこともあります。先の確証もないのに嫌なタスクを先送りする。これが息の根を止めるまでに自分の首をしめている。

 

 こうしたことを繰り返しなんとかなってきたのがライフハック以前、ライフハック前史とも言うべき自分の在り方です。

 

 果たしてこんなことが続くのか否か。ストレスを抱え続け、吐き続ける生活をしていくのか。このままでは自分で自分を壊しかねない(いくら超ストレス源の人間によるプレッシャーであっても、それにどう反応するか、それをどう処理するかは自分のやりようなのですから)。こういった危機の回避から端を発した工夫の数々を私は”ライフハック”と呼ぶようにしています。それ以外に言葉がなく、最も近い言葉が生存戦略だったりするのです。きっと何者にもなれない私に告げる。

 

 上記の例でいえば、「タイマーを使う」「5分間だけ取り掛かる」「残り日数で作業を分割する」といったやり方が出てきます。「当たり前なことじゃないか」と唾を吐かれても、私はそれを”工夫”と呼び、また”ライフハック”と呼びます。

 

 誰かに比較されるものでも比較するものでもない、ただ自分のために行う。「手段が目的化している」「結果出してんのか」こうした揶揄批判に対して理解はしますが、それを納得して止めてしまうということはしません。ライフハックの初期衝動。私にとってそれは自分を守らなければという、ちょっとした生存することへの渇望だったのです。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。

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