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私の兵法 - 立花岳志さんの『ノマドワーカーという生き方 場所を選ばず雇われない働く人の戦略と習慣』を読んで

 

私が、著者の立花岳志さんを知ったのはいつでしょうか。

私にはそれがわかりません。

『NoSecondLife』( http://www.ttcbn.net/no_second_life/ )をいつ知ったのでしょうか。

それもわかりません。

きっと、何かしらで観たことがあったのでしょう。

iPhoneを持ってから、だったかな。

しかし、立花岳志さんを間近で見たのがいつだったか、それは覚えています。

2011年の9月六本木は豚組で行われたモレスキンのイベントで、斜め向かいに座った”坊主頭の大きなひと”でした。

 

その後、私が参加するイベントにはたいてい”坊主頭の大きなひと”がいました。

私にとって、”坊主頭の大きなひと”がどれほど影響力を持つか。

その当時は思いもしませんでした。

こうして書評というもの、いや、書評にすら成ることが出来ない個人的な思いの丈を書くまでに至ったのですから。

 

 

 

 

さて、私にとっての”坊主頭の大きなひと”こと立花岳志さんがこの度、本を出版されました。

タイトルは『ノマドワーカーという生き方 場所を選ばず雇われない働く人の戦略と習慣』

 

Amazon.co.jp: ノマドワーカーという生き方: 立花 岳志: 本
 

幸運にも、発売前に購入することが出来る機会に恵まれました。

買ってすぐに本を開くという経験を最近していますか?

好きな作家の新刊がようやく店頭にならんだ! 会計待ちの列で、待ちきれずちらりと読んでしまった。

そんな感覚です。

 久しぶりに、買ってすぐに読み出しました。

それぐらい待ち望んでいたのです。

 

 

 

 

 

この本は立花岳志さんが”ノマドワーカー”として日々の活動をするうえで、

どのような考えを持っているのか、またその考えを基にどのように行動しているか。

その思考と行動を例示しつつ、わかりやすい記述で書かれています。

目次の中から各章の題名を抜粋してみましょう。

 

1.これがフリーブロガーの一日だ!

2.ソーシャルとブログによる個人メディアの威力!

3.社長の座を辞してなった僕の職業は「ブロガー」

4.フリーブロガーの「デジタル・セルフマネジメント」 ノマド&クラウド徹底活用

5.今日からできる「個人情報発信」のススメ

 

という、5つの柱で構成されています。

 

しかし本書を構成するこれらの大枠を見ると、「ああ、また”この手”の本か」と思ってしまうひとも中にはいることでしょう。

「”この手”の本はみんなおなじことを言っているじゃないか!」、そういう声が聴こえてきます。

 

私がこれまでに読んできた本のなかでも”仕事術”と分類される本の数々は、様々なひとが様々なことを書いています。

確かに本の種類は多いですが、「言い方を変えただけで言っていることは同じだなあ」ということもあります。

自己啓発本を読んでも「いや、結局『7つの習慣』を読めばいいんでしょ?」と。

 

そんな中、”ノマドワーカー”と銘打って出版され、大衆の目に触れる。

もはや色々な意味が付け加えられて、それがどういう意味なのか曖昧になりつつある”ノマド”。

ノマド”という言葉が付いているがために、このように思われてしまうかも知れません。

 

「また”ノマド”かよ。どうせ、スタバで”ドヤッMac”するんだろ? 会社で働いてる俺達にはちゃんちゃらおかしい話だ!」

 

ノマド”という言葉が、悲しきかな先走りをし、ファッションのように消費される。

ただの方法の選択であるのに、”ノマド”という無形なもやもやを嘲笑の矛で突くというのです。

 

 

 

 

 

では立花岳志さんの『ノマドワーカーという生き方』は、そのような読まれ方(先入観を持って読まれる)をされるのでしょうか。

 

まず、この本は”ノマド推奨本”ではありません。

”会社を捨てよ、フリーになれ!”などとも書いてありません。

選択肢のひとつとして”ノマド”というものがあり、著者の立花さんがこれまでに重ねてきた選択の結果として”ノマドワーカー”というものがあるということです。

 

そうはいっても世間一般からしたら”ノマド”という言葉(”ノマド”という言葉を多少なりとも聞いたことがあるという前提はありますが)を、なにかの杓子定規に当てはめて捕らえてしまうといったきらいがあるのでしょう。

 

しかし、この本では”ノマド”という言葉に躍らされることなく、明確に打ち出されているものがあります。

それは立花さんがとる『戦略』、そして立花さんの『習慣(もっと大きく捉えて人生)』です。

副題にもあるこのふたつのキーワードを頭に置いた上で、上記の各章の題名をもう一度読んでみてください。

よーく見てみると、”ノマドワーカー”という言葉が大々的に章題を飾ってはいません。

 

ここに書かれていることは、立花さんがどういう人生を歩んで、どういう選択をしたことにより、どういう結果がもたらされたのかということです。

これだけでも”ノマド”というものが、立花さんにとってただ単に場所を変えただけの問題ではないということがわかります。

その人の『戦略』『人生』……これらを頼りに、”ノマドワーカー”という名の付いた本を読み解いていく。

なんども繰り返しますが、それはその人にとっての最善を目指す”選択”なのです。

  

 

 

 

 

本の詳細な内容紹介をしない、ということには私なりの考えがあります。

それは立花さんの人生を、私の口から語っても、そこに彩りは生まれないということ。

この記事は書評には成れませんでした、でも思いの丈は書いた気がします。

 

”立花岳志さんでも成し得たこと”、そして”立花岳志さんだからこそ成し得たこと”のふたつがこの本には存在します。

このふたつは、”誰でもできること”と、”誰かだからできること”ともいえます。

私達が”ノマドワーク”というものを考える時、このふたつを自身に当てはめて考えてみると良いかも知れません。

 

「私でも成し得ること」「私だから成し得ること」

 

そして、何もこのふたつは”ノマドワーク”だけにはとどまりません。

何かをするときに、これらを明確にしていく。

それが活動をするうえで戦略となり、自身の人生を支えていくのでしょう。

 

立花岳志さんの『ノマドワーカーという生き方 場所を選ばず雇われない働く人の戦略と習慣』を読んで、この気づきを得た私は、前よりも少し、前に進んだのかも知れません。

 

 

 

それでは、どこかの誰かさん。あなたに彩のあるカラフルな日々を。