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 今、人生で一番本に囲まれて生活している。

学生時代と比べ、歴然とした差が出るほどに本に囲まれて生活している。

むしろ学生時代なにやっていたんだとなるけど、もはや何やってたかなんて関係ない。学生時代を葬ってもいい。

ここで前置きしたいのはこの”囲まれている”ということについて、それは本が紙だろうが電子だろうがそんなことは関係なく、まずこの状況を目にした瞬間に「本に囲まれている」と一発でわかるような状態に陥っているということだ。

紙の本が積み上がってる。Kindleには着手の順番待ちをする書籍が並んでる。ただ部屋の床が抜けるとかそういう話ではない、足の踏み場もないということでもない、端末の容量が足りないという話でもない。人並みの生活が出来るし、机には朝食を食べるスペースだってちゃんとある。KindlePaperWhiteの空き容量はまだ余裕がある、スマートフォンに置き換えてしまえばそんな話はどうでもよくなる。紙の本はちょっと本棚に本を戻せば、机は穏やかな凪を迎える。端末からクラウドに戻してしまえば平穏だ。

 

ただ自身が本に囲まれているという状態を、ここ数年の人生の中で切迫した心持ちで迎え入れているのは、本に囲まれているという言葉以上に重みのあることだと考えている。重み、本を読むことに対する重みである。それは行為に対する重要度とも言える。それ故に乱読をしている。

今現在その重要度は非常に高い状態にある。張り詰める緊張感と共に本と対峙していると言ってもいい。もっとリラックスして読みなよ、本と仲良く、感動を味わいなよと人は言うかもしれない。

違うんだ。それは今は違う。実際本を読むときは物々しい武器を手にしている。それは剣や長槍ではないが、限りなくそれに近いイメージがある。ペンであり、ノートであり、タブレットであり、パソコンである。それらを武器として本と対峙する。それは著者との対峙であり、記述との対峙であり、また知識の取り込みに纏わる儀式でもある。

 

無理もないとは思う。ここ二ヶ月間で時間を投じて(同じくかなりの資金も投じて)読書を重ねているのはヨーロッパの歴史に関する本ばかりだ。楽しみながら読むという領域を超えた情報の交差と人間模様がその圧倒的な叙述の矛先を向けながら迫ってくる。過去が現代に矛先を向けているのだ。なにもそれは小説ばかりではない学術書だってそうだ。複数の学術書を読み合わせ、ある記述について理解できた瞬間の閃きは何物にも代えがたい。

 

ふとしたきっかけで読み始めたら見事に泥沼にハマった。泥沼というと聞こえが悪いかもしれない、であれば「新たな世界を開いてしまった」と言えば良いか。

よくよく考えてみれば手をつけたのは軽い気持ちだったかもしれない。ファンタジーの世界が好きだった。剣と魔法と冒険とロマンス、ファンタジーの王道翻訳小説も読むし、巡り巡ってライトノベルなんてものもよく読む。そこでふと考えた。「なぜ面白い話が書けるのだろう」と。

これから述べることに直接的な関係はない。つまり「この世界の史実を必死こいて勉強したところで、架空の世界の面白い話が書ける保証は何一つない」ということ。ただ、これは保証がないというだけであって可能性の提示はされている。

ファンタジー作品を読んでいくと、あれ?と手を止めることがある。並び立つ文章の合間に空白が見えるのだ。例えば読み進めていって著者が妥協した部分が見えるというようなことがなかろうか。そういう時に、あれ?と思うのだ。必要じゃないと判断して削り落としたのか、あるいはそもそも考えていなくて書いていないのか、また、誤魔化して書いているのか。こんな粗探しをしていては精神衛生上よくないというのはわかっている。わかっているけれど、気になってしまう。逆にあれ?と思う隙さえないような作品もある。それは提示された可能性の書き手が望むべき方を掴んだ結果でもある。空白がないこと、あれ?と思わせない構築力というのはなんなんだろうか、と。

構築、その根底にあるのはつまりは歴史であり文化である。それらの構築について、妥協していない作品は重厚で深みがある。面白いと感じるその”おもしろい”に違いは生まれないけれど、なぜ面白いのかと問われた時に「重厚な世界観がある」という評を受けるのはともすれば至上の喜びなのではないだろうか。

ファンタジーとこの世界観という言葉の関係は切っても切り離せない。程度の差はあれ、どの作品にも存在する。その発想は、全く経験のない者が思いつきで作れるものでもない(天才というスキルを持つ者は除く)。では経験とは何か、架空の世界のファンタジーを読むこと、またファンタジー以外の話を読むこと……もちろんそうだ欠かせない。そして何よりも欠かせないのが、人間の数多の思惑・行動の結果生み出された世界最強の叙事詩たる歴史を知ること。これが何よりも脳と発想の源泉になっている(と勘違いしているだけかもしれないが)。

 

話は戻る。そうすると、否が応でも本に囲まれることになる。本を買う前に大テーマを決める。直近で言えば「商人」「戦争」。まずは良書と言われるものを買う。読む。次のテーマが浮かんでくる。類書の購入。次、「ハンザ」「ランツクネヒト」。その次、「毛皮」「三十年戦争」。そうするとそれぞれが関連付いた本が山を成していく。

これについては止めようがないとは思う。際立った戦果もないと思う。あいも変わらず面白い話は書けていない。だが、読んだ瞬間書けるようになるなんて考えてすらいない。どうせ閃くのは27歳ぐらいだし、もしかしたら56歳かもしれない。そんなもんだ。ただ、今すぐ海原を駆ける船上で鼻孔をくすぐる潮の匂いとか、靴底が沈むほどの紅い沼で鼻を突く鉄の臭いとか。そういうことが重みを持って表現できるかといわれると、無理だというしかない。

ガンガン本を読んだところで、情報を受け止めるだけの皿をこちらがまだ持っていないわけだから、30しか受け取れないところに100注ぎ込んだら70は零れ落ちる。読書なんてそんなもんだ。ただ、足元に積み上がっていく70を無視してはいけない。そこにあるのは経験だ。なにがフックになるかわからない。

読め読め、Go ahead.

私が本を読むのは心を人生を豊かにするため?それも結構、いずれはそう言うふうに本を読んでみたい。安楽椅子に揺られ、温かな日差しと、まどろみの中で。ただ、申し訳ない。今、自分の読書という行為にいちいち意義を見出してる時間は、私にはない。おそらく、今は焦らないといけない。焦るなとは言わない、焦りなさいと声をかける。乱読しなさい、情報を結びつける力、キッカケを閃く力をつけなさい。そう言い聞かせてる。

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【書感SS】夏待ち(ハンザ『同盟』の歴史)

 

人の背丈以上にある大きなガラス窓が初夏の日差しを取り込む。昨晩の雨の名残でもあるしっとりとした少し強めの風が、部屋の入口から入り込んでは彼の座る番台の帳簿をパラパラとめくった。

首を回さずとも見渡せそうな小さな部屋だ。ただ窓際でないと、少々薄暗い。部屋の角々に沈む闇は、時に彼を安心させる。世の時流は人が泳いで逆らうには速すぎ、ガレー船で逆らうには人の力に依る橈漕の非力さを感じずにはいられない。

彼がじっと眺めるその闇の中には、彼を取り巻く時流の中に安住すべき場所を示すかのような誘いがあった。遍歴か定住か。幾多の都市を渡り歩いてきた彼にとってみればこのストックホルムにある小さな商館は、じっと棲まう闇のように安定した場所そのものだった。

彼が拠点としている商館には毎日毎日商人たちが慌ただしく出入りをしていた。複数ある商館の中でもこの商館は最も河口寄りある。港湾施設の眼と鼻の先、扉を開ければそこには停泊する商船が何隻も連なって見える。

建物の規模は大きくはないもの、勘定事の集約が行われる場所で商人たちは引っ切り無しに帳簿と船の積荷の照会を行なっていた。

商人が取り扱う鉄、銅の鉱石は重要輸出品の筆頭で、地下資源の豊かなこの地ではそれを商品にせずに何を商品とすればよいのかと言われるほど重要であった。彼の所属する一団が近いうちに鉱山開発支援にも乗り出す予定であることは言うまでもない。この港から出航する船には他にも皮、毛皮、バターが積み込まれる。

ではこの港に入港する商船はどんな商品を積み込んでいるのだろうか。やはり皮や毛皮の輸出に対して重要視されるのは毛織物であり、加工品をこの地に流通させることを目的としていた。彼はこうして商館で執務をこなしているが、本国に戻れば毛織工房を2、3つ持つ投資家でもあった。そうすると彼の頭の中では工房で行われる手工業と輸出入の品目ががっちりと手を組むことになり、彼にしてみれば貿易というものは単なる船の往来以上の意味を持つようになる。

「考え事ですか?」

入り口から物腰柔らかな声。彼はふと目をやると、うら若き女性が立っていた。彼の補佐をしている有能な女性だ。

彼女の仕事着とも言うべきタブリエは所々汚れがあるが、それは凛とした顔立ちの彼女にしてみれば何がついても勲章のようなものである。彼女は丁度、荷揚げされた塩樽の検品をしてきたところなのだろう。

「ああ、そうだね。少し考え事をしていたよ」

彼はそう言うペンをペン立てに挿した。

「鰊はどうだい?」

「ええ、先ほど水揚げされました」

「そうか。今日も相変わらずなようだな」 

商品として鉱石や毛皮を扱うものの、この地にいる以上は商品として別格に扱わなければならないのは海産物加工品であった。特に鰊の漁獲量が豊富であり、鰊の塩漬けはそれこそ一艘どかりと積み込んで出港させることも多々あった。

水揚げされた鰊はそのまま併設させる小屋で塩漬け作業が行われる。辺り一帯を包む潮の香りと、積み上がる鰊の山、漁期である夏の日差しを浴びてキラキラと輝いている。

彼はこの鰊の塩漬けの輸出急増にいち早く対応し、早期から塩を輸入していた。それも大量にだ。塩漬けや干物はもはや食生活には欠かせない。樽詰された鰊は海を越え、リューベック港に揚がる。塩辛さがクセになるとはよく言う。燻した魚も好きだが、塩漬けの味の濃さもパンの付け合せには良い。

「さて」

彼はそう言うと、帳簿を端に避け立ち上がる。食べ物のことを考えたからか、口の中に唾液が残る。残念なことに、食事の時間はまだ先だ。

「今日も精を出しますかね」

「はい」

答える彼女の後を追うように、彼は部屋を出た。

初夏の日差し差し込む部屋。彼らの尽力によって興隆する都市の産声は、ストックホルムだけでなく各地で上がるその声は、商人の世界そのものを飲み込もうとしていた。

 

 

参考資料

金と香辛料―中世における実業家の誕生

金と香辛料―中世における実業家の誕生